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2013年 ザ・バークレイズ
期間:08/22〜08/25 場所:Liberty National Golf Club

フェデックスカッププレーオフ史上で、最も記憶に残る瞬間トップ10

By Tom Alter, PGA TOUR staff

1.ハザードから逃れるために選手が水の中へと歩み出すとき、いつもドラマが生まれる。ツアーチャンピオンシップのタイトル、そしてフェデックスカップトロフィーと、その賞金1000万ドルを懸けたサドンデスプレーオフとなれば尚更だ。ビル・ハースは、ハンター・メイハンと戦ったイーストレイクでのプレーオフ2ホール目、アプローチショットをウォーターハザードに打ち込んでしまった。メイハンはパーを確実なものとすると、追い込まれたハースは奇跡的な一打を狙うほかなくなった。そして彼は、ボールをグリーンの上へ、水しぶきを上げながら乗せただけではなく、カップ真横につけたのである。父のジェイ・ハースが見守り、そして兄のジェイ・ジュニアがキャディを務める中、ビルは18番を見事にパーでおさめ、タイトルと2つのトロフィーを手にした。ハースの水切りショットは、ゴルフ史上最高のリカバリーショットのひとつとして、永遠に語り継がれるだろう。

2.あらゆるゴルファーは、運命のゴルフクラブに出会うことを夢見ている。ジム・フューリックはボストンの近くのスポーツ用品店に足を運び、中古のクラブのバレルの中からそんな魔法の武器を探していた。彼は、しっくりきた中古のパターを購入し、後に控える2つのプレーオフイベントのためにそれをバッグに入れた。ツアーチャンピオンシップで、後続に1打差で首位に立っていたフューリックは、18番のパー3でティショットをグリーンサイドのバンカーに打ち込んだ。降り続く霧雨の中で、フューリックはずぶぬれのバンカーから素晴らしいショットでおよそ3フィートの位置まで運んだが、ここでもし、あのパターを持っていなかったら何の意味もないショットになっていた。ゴルフ界最大の賞を手にするパットを沈めたフューリックが、「イエス!」と叫んでいる姿は容易に想像できるだろう。

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3.2007年にフェデックスカップ初開催の時、大々的な宣伝がなされていた。しかし新たなプレーオフシリーズは、タイガー・ウッズの勝利によりすぐさま権威を確立した。ウッズはいつも通りにそれをやってのけた。イーストレイクでの4ラウンドを全て「66」以下で回り、8打差で圧勝。純銀のティファニー製フェデックスカップトロフィーに、自身の名前を刻んだ最初の選手となった。

4.2009年のザ・バークレイズは、素晴らしいコースであるリバティナショナルで行われた初のツアーイベントだった。そして、それは米国ツアー史上、最も素晴らしいプレーオフの1つとなった。自由の女神の影にそびえるスター揃いのフィールドで、ヒース・スローカムは、タイガー・ウッズアーニー・エルスパドレイグ・ハリントン、そしてスティーブ・ストリッカーを1打差に抑え、大会を制した。最終ホールでスローカムは、キャリアの中のハイライトともいえる、20フィートのパーパットを決め、自身3度目の米国ツアータイトルを手にした。

5.フィル・ミケルソンとウッズが最終ラウンドをペアで回った2007年のドイツバンク選手権は、間違いなくプレーオフの雰囲気を帯びていた。TPCボストンはまるで、フェンウェイ・パークで行われるレッドソックス対ヤンキースのような雰囲気だった。最後から2番目のグループで回った二人のスターは、周囲の期待をさらに超えるプレーを見せた。ミケルソンは「66」、ウッズは「67」でラウンドし、ウッズに2打差をつけて勝利を収めた。

6.2008年のザ・バークレイズのプレーオフ、セルヒオ・ガルシアビジェイ・シンケビン・サザーランドを抑えて、一歩リードしているかに見えた。プレーオフ最初のホールで25フィートのバーディを沈めたガルシアは、勝利のスピーチを準備していたことだろう・・・シンが殿堂入り級のプレーを決めるまでは。シンは20フィートのバーディパットを決め、まずガルシアに追いつく。ギャラリーの歓声がまだ鳴り止まぬ中でシンは、プレーオフ2ホール目のパー5で2つの素晴らしいショットを決めた。シンが大都会ニューヨークで掴んだ4勝目は、記念すべき、自身初のプレーオフでの勝利となった。

7.カミロ・ビジェガスはフェデックスカッププレーオフの大会で、初めて連覇を果たした選手だが、2012年のロリー・マキロイには及ばない。全米プロゴルフ選手権を8打差で制し、メジャー大会2度目の勝利を収めたばかりのマキロイは、良い流れでプレーオフに突入。ボストン郊外で行われたドイツバンク選手権ではルイ・ウーストハイゼンに3打差をつけられていたものの逆転優勝を果たすと、さらに翌週インディアナポリス郊外のクルックドスティックで行われたBMW選手権も制した。元世界ランク1位の選手4人に、2打差をつけての圧倒的な勝利だった。

8.2010年のザ・バークレイズで、マーティン・レアードは最終ホールのグリーンで3パットを要し勝利を決め切れず、マット・クーチャーに再びチャンスが訪れた。クーチャーはプレーオフ1ホール目で、ラフから7番アイアンでのショットで、ピンまで2フィートという位置につけると、これを沈めてツアー参戦10年間で3度目となる勝利を収めた。エリート選手の仲間入りを果たしたクーチャーは、ザ・プレーヤーズ選手権、WGC アクセンチュアマッチプレー選手権、そしてザ・メモリアルトーナメントでも優勝を飾った。

9.ツアーチャンピオンシップの54ホールを終え首位に立っていたブラント・スネデカーは、フェデックスカップを勝利する意味について思いを巡らせる代わりに、彼のスウィングコーチであるトッド・アンダーソンの息子、タッカー・アンダーソンと共に、日曜日(最終日)の朝を過ごした。タッカーは9月上旬に交通事故に遭っており、病院を訪問したスネデカーは思わぬ力をもらった。その日の午後、スネデカーは大会71ホール目でチップインを決め、ツアーチャンピオンシップとフェデックスカップを制した。彼にとって何より大きかったのは、この勝利が療養中の友人を元気付けたことだった。

10.スネデカーがBMW選手権の72ホール目を迎えたとき、フェデックスカッププレーオフにはまだ2年の歴史しかなかった。スネデカーは、ツアーチャンピオンシップの舞台に戻るために最後まで良いプレーを続けることに集中していた。コッグヒルでの最終ラウンドで苦しんでいたスネデカーは2オーバーで迎えた18番、アトランタ行きのチケットを掴むパーパットを決めるためグリーンに立っていた。しかし、そのパットは外れた。さらにボギーパットも外し、その後のパットも外してしまった。最後のグリーンでの4パット、スネデカーが震えているのがわかった。選手にとってフェデックスカップがどれだけ重要か、これ以上なく伝わってくるシーンだった。スネデカーにとって、この苦い経験があったからこそ、2012年の勝利はより特別なものとなった。

情報提供:PGA TOUR

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