ルーク・ドナルド バイオグラフィー/英国で育ち米国へ渡った“ハーフ・スコティッシュ”
佐渡充高が簡単解説!初めてのPGAツアー【番外編~ルーク・ドナルド~】
賞金王が最後までなかなか決まらないというのは最近ではなかったことなので久々に面白いシーズンでしたね。96年タイガー・ウッズがデビューして、その年の8月にプロ転向しました。試合数も少なく、結局その年にはタイトルは獲れなかったのですが、そのあとはタイガーの独占状態がしばらく続いて賞金王を6回獲っています。
今年はルーク・ドナルドが一時首位に立ったのですが、プレーオフ2戦目のドイツバンク選手権でウェブ・シンプソンが優勝し逆転されてしまいました。本来ならドナルドは最終戦に出場する予定はなかったのですが、逆転されてしまったので急遽出場を決めました。しかもチルドレンズ ミラクル ネットワーク クラシックで2位タイ以内に入らなければ、賞金王のタイトルは獲れないという厳しい状況でしたが、ドナルドは魅せてくれましたね。見事に最終戦で勝利を挙げ、米国男子ツアーの賞金王タイトルを獲得しました。ドナルドは今季、欧州、米国両ツアーでの賞金王タイトルがかかっており、欧州の方が大差がついているのでほぼ確実と予想され、これを達成するとなれば前人未踏の快挙だと言われていました。たぶん僕が思うに、これからも欧州、米国とダブルタイトルを獲得する選手は出てこない、こんなに強い選手はそうそう出てこないというくらいの偉業なんです。ドナルド自身も、これが最後のチャンスだと思ってわざわざ出場する予定のなかった試合に出ると決心するほどですから、この最終戦はおおいに注目が集まりました。
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ただ最後までタイトルを争っていたウェブ・シンプソンも、終盤にかなりの強さを発揮してきた選手です。「ウィンダム-」で勝って「ドイツバンク-」で勝って、あのときは3試合で2勝を挙げました。先週の「マックグラッドリー」ではプレーオフまで残って2位でしたが、もし優勝していたら賞金王が確定していたので、それくらい波に乗っていた選手ですね。過去に最終戦で逆転賞金王を飾ったと言えば、1996年にトム・レーマンがフィル・ミケルソンを逆転して賞金王タイトルを獲得しました。シンプソンはまだ26歳、ツアー3年目の若手新人選手です。初優勝をした年に賞金王になったという年は記憶にありません。
ドナルドは身長175cm、体重は75キロと日本人に近い体型をしています。さらに飛距離は280ヤード半ばで、ドライビングディスタンスは130~150位と、そう飛ばす選手でもありません。そんな選手が欧州、米国の賞金王タイトルをダブルで獲得することは、相当、異例なことになりますね。ゴルフはもちろん飛距離を出せる人が有利とされていますが、それだけではないということを彼が証明してくれているようなものですからね。もしそうなれば、ゴルフの感覚もずいぶん変わるではないでしょうか。一般のアマチュアゴルファーはやっぱり飛ばしたいと思うし、飛ばしたいと思うのは、飛ぶ方が有利だと思っているから。飛距離アップはそうそう簡単にできることではないけど、このルークの勝利によって、飛距離が全てじゃないという意識改革や励みになるかもしれません。ルークはショートゲームが抜群にうまい。サンドセーブ率は5位と上々、平均パッティングストローク数は首位に立っています。小技がうまいと、飛距離がたとえ出せなくても世界一になれるということが証明されたわけです。これまで賞金王になっているのは、デビッド・デュバル、タイガー・ウッズ、ビジェイ・シンのような飛ばすタイプの選手でした。オールラウンドプレーヤーのシンプソン、ワールドオブザベストショートゲーマーのドナルドとの賞金王争いは、これまでとは一味違った歴史の変遷です。
ドナルドは本当に素直でとても素晴らしい青年です。礼儀正しいけど、ジョークも言う、いつも穏やかで人に対する威圧感が全くないんです。大柄な体格でもないからあまり強そうには見えない(笑)けど、静かに燃える何かを秘めているんだと思います。ノースイースタン大学(シカゴ)出身で、前衛芸術を専攻していました。過去にはウェスタンオープンのポスターを描いたりしていましたね。彼の作品をはじめて見た時、「どこにそんなに激しいパッションがあるんだろう」と思うくらい、こちらに向かってくるような、何か圧倒されるような強さを感じる絵なんです。一見穏やかに見える彼の内面はこうなんだなと思ったことがありましたね。
- 佐渡充高(さどみつたか)
- ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。