2019/10/16日本オープン

アダム・スコットが説くプロゴルファーの心構え

あることを忘れてはいけない。自分の力を信じて、決断することが大切。キャディに頼りすぎてはいけない」 ◆ファンとの接し方について 「僕にとっては小さい頃、グレッグノーマンがロールモデルだった。彼は
2019/08/15佐藤信人の視点~勝者と敗者~

スロープレーはデシャンボーだけの問題ではない

、ということばかりに焦点が当てられ、犯人捜しの様相を呈してしまっています。 そもそも米ツアーでは、ここまでスロープレーの問題を取り沙汰してこなかった過去があります。ジャック・ニクラス(米国)、グレッグ
2019/07/17全英オープン

ウッズ「全英での戦い方は理解している」

体力面も踏まえたスケジュール調整だと明かした。 ウッズが引き合いに出したのは、偉大なプレーヤーの過去の戦いぶり。08年(イングランド・ロイヤルバークデール)は、当時53歳のグレッグノーマン
2019/07/01記録

「全英オープン」歴代優勝者&日本人成績

セントアンドリュース 1994 ニック・プライス 尾崎将司 38位渡辺司 51位友利勝良 51位中嶋常幸 55位飯合肇 60位合田洋 予落 ターンベリー 1993 グレッグノーマン 水巻善典 27
2019/05/18GDOEYE

ニューヨーカーの激しい野次 それは強者の勲章か?

応戦したのは、ホワイトシャークことグレッグノーマン(オーストラリア)だ。同州開催の1986年「全米オープン」で、罵った観客を見つけて駐車場に呼びつけたという。また、しつこく標的にされたコリン
2019/04/07進藤大典ヤーデージブック

恐怖の3段グリーン オーガスタ9番は攻めすぎ注意

手前からの方がパーなどをセーブできる可能性が高いのです。 1996年、2位に6打差をつけて最終日にトップから出たグレッグノーマン(オーストラリア)は、ここから3連続ボギーをたたいてニック・ファルド(イングランド)にタイトルを譲りました。穏やかにバックナインを迎えるために、しっかりクリアしたいホールです。
2019/02/05ヨーロピアンツアー公式

「ISPS HANDAヴィックオープン」について知るべき5つのこと

に第1回大会が開催された。過去の大会王者には、世界ゴルフ殿堂入りメンバーのゲーリー・プレーヤー(1959年優勝)をはじめ、グレッグノーマン(1984年優勝)、そしてイアン・ベーカーフィンチ(1985
2018/07/19全英オープン

3年ぶり全英のウッズ 優勝したら世界ランクはどうなる?

た。ただ、ウッズは3年ぶりの全英を前に「リンクスでは違う。トム・ワトソンはターンベリーで59歳(2009年、プレーオフ負け)、グレッグノーマンはロイヤルバークデールで53歳(08年に3位)という年齢
2018/07/09ゴルフ昔ばなし

セベ・バレステロスの記憶/ゴルフ昔ばなし

出身のグレッグノーマンは同世代の選手たちが活躍する中で、自分は出場できない対抗戦を見て、「プレジデンツカップ」(欧州を除く世界選抜と米国選抜の対抗戦)開催に、ゲーリー・プレーヤー(南アフリカ)とともに
2018/05/29ヨーロピアンツアー公式

数字で読み解くイタリアオープン

・ジャクリン(1973)、ビリー・キャスパー(1975年)、ベルンハルト・ランガー(1983及び97年)、サンディ・ライル(1984及び92年)、グレッグノーマン(1988年)、そしてグレーム・マクドウェル(2004年)の計8人となっている。
2018/05/13ザ・プレーヤーズ選手権

シンプソンが7打差首位 ウッズ、スピースが急浮上

ボギーの「68」で回り通算19アンダー。2位のダニー・リー(ニュージーランド)との差を7打にひろげ、“第5メジャー”制覇に王手をかけた。 同大会の72ホール最少ストロークは1994年にグレッグノーマン
2018/04/25ゴルフ昔ばなし

米ツアー転戦の先駆者・中嶋常幸の苦悩/ゴルフ昔ばなし

フェニックスを含む)の日本人王者となりました。翌1986年には「マスターズ」で優勝争いの末、8位。「全英オープン」ではグレッグノーマン(オーストラリア)と最終日最終組で回り、こちらも8位でフィニッシュしました