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2015年 ドイツバンク選手権
期間:09/04〜09/07 TPCボストン(マサチューセッツ州)

<選手名鑑171>ビル・ハース

■ 史上初!“父子でプレジデンツカップ米国チーム入り”なるか!?

昨年の今頃だった。プレジデンツカップ(以下、プレ杯)の米国主将にジェイ・ハースが就任することになった。と同時に、息子のビル・ハース(33)の目標が決まった。父が仕切るチーム入りを果たし、史上初の父子で米国代表に名を連ねることだ。

今大会終了時点でプレ杯米国メンバーが決定する。プレ杯は隔年に開催される米国と欧州以外の国際選抜チーム(各12人)による対抗戦だ。今年は10月に韓国(仁川広域市)で行われ、アジア初開催になる。メンバーの決定方法は同杯独自のポイントランク上位10位までの10選手、あと2人は各チームの主将指名だ。現在、息子ビルはランク11位で、微妙な位置。今大会で好成績を収め、10位に入ることができれば自動的に代表入りし、父が主将のチームに、息子が選手として参加するという、史上初の父子出場が決まる。12位前後なら主将指名の可能性もあるが、父子であるがゆえ、かえって息子を選びにくい。ビルはポイントランク10位以内での文句なしのチーム入りを目指し、今大会を全力でプレーする。

■ Rising Son PGAツアーで稀な父子活躍の成功例

PGAツアーのスター選手の息子たちは、父の後継を目指し、続々とプロゴルファーに転向してきた。ジャック・ニクラスには4人の息子がいるが、まず長男のジャッキーが期待を背負い登場した。89年のカナディアンツアーのQスクールでのことだった。同年、僕も同試合に出場していて、前の組でプレーしていた。長身でハンサム、レジェンドの息子とあって注目を集め、ティーンの大ギャラリーに囲まれていた。僕も含めて参加選手は自分でバッグを担ぎ競技に参加したが、ジャッキーは専属キャディを帯同しプレー。傍らには数人の関係者が見守り、際立つ存在だった。ロングアイアンの巧さは父親譲りと思わせる凄味があったが、残念ながらPGAツアーの出場権を獲得するには至らなかった。父が最も期待した三男ゲイリーは、PGAツアーのメンバーになったが優勝を果たせずに引退。現在はアマチュアに戻った。

1968年の「全米プロ」優勝など、メジャー3勝のジュリアス・ボロスの息子、ガイはPGAツアーで2年プレーし1勝したが、シード権を維持できなかった。1970年、「全米プロ」優勝、近年はロリー・マキロイらのショートゲームのコーチとして活躍中のデーブ・ストックトンの息子、デーブJr.も92年から数年間、PGAツアーでプレーした。優勝には届かなかったが、現在は父同様にコーチとしての才能を開花させている。

史上3人目のグランドスラマー、ゲーリー・プレーヤーの息子、ウェインは下部ツアーに参加したが、PGAツアーでのプレーは叶わなかった。「マスターズ」、「全米オープン」優勝のアンヘル・カブレラの息子、カブレラJr.も、昨年マッケンジーツアー・カナダでプレーし、今年こそ飛躍の年と思われたが交通事故に遭い静養中。82年「マスターズ」優勝のクレイグ・スタドラーの息子、ケビンは、昨年「ウェイストマネジメント フェニックスオープン」でツアー初優勝、史上9組目の父子優勝を飾った。しかし負傷が続き、今季は3試合しか出場していない。

ゴルフ界では、二世ゴルファーの成功例が少ない中でハース父子は特別な存在だ。父ジェイはツアー9勝とチャンピオンズツアー17勝、息子ビルはツアー6勝と、2011年にはプレーオフシリーズを勝ち抜き、年間王者にも輝くなど大活躍を続けている。

■ すべては勝つため!兄弟仁義を捨て、新キャディでテコ入れ

ビルは06年、ルーキーとしてPGAツアーに参加。5年目の2010年1月に初優勝飾った。10月にも勝利し、同年に2勝。さらなる活躍が期待された翌11年からは、1歳上の兄ジェイJr.がキャディとしてバックアップしていた。その効果はテキメンで、同年の最終戦「ツアー選手権」で優勝し、初の年間王者を戴冠。翌月開催だったプレ杯に初出場した。その時、父は、副主将としてチームに同行していた。

兄弟でのプレーは一見、順風満帆のようだったが、互いに何となく合わないこともあると感じていた。昨年、ビルは兄にその率直な気持ちを伝えようと思っていた矢先、察した兄は「もっと良いキャディがいるはずだ」と言い、スコット・グリーサーという後任キャディまで、話をつけていてくれた。グリーサーは90年の「マスターズ」で優勝したアンディ・ノース、その次もメジャー優勝経験のあるデビッド・トムズと16年タッグを組んだ。その後は、若手のジョン・ピーターソンのキャディをしていたが、昨年3月に解消。兄はグリーサーに「ビルに適任だと思う。連絡してみてくれ」と連絡先を渡していた。新キャディはメジャー優勝など経験豊富。ビルの悲願であるメジャー優勝、プレ杯出場のためには必要な人材だと、兄が弟の成功を願った末の選択だった。ちなみにビルと別れた兄はティム・クラークのキャディに転身し、すぐに「カナディアンオープン」での優勝に貢献。兄弟ともに最善の選択となった。

■ コーチ推奨の長め(36インチ)パターで迷路脱出

ビルはパットのコーチ、スタン・アトリーとの出会いで急成長した。アトリーは元PGAツアーの選手で、ショートゲームの達人として知られていた。現役引退後はパットを中心としたショートゲームのコーチとして活動し、高い評価を得ている人物だ。父ジェイもアトリーにレッスンを受け、シニアツアーで活躍するヒントをつかんだ。パットに悩んでいたビルは、父の勧めで2013年「ウェイストマネジメント フェニックスオープン」の会場で初めてレッスンを受けた。

ビルは2011年、「ツアー選手権」で優勝した時は、アンカリングでパットをしていたが、その後アンカリングがフィットしなくなり、あらゆるパターを試した。効果は得られず暗中模索。アトリーはビルの“コンベンショナルなパターの方が現在はフィーリングが良い”という本人の感覚を尊重し、長めの36インチパターを推奨した。すると霧が晴れたようにフィーリングが良くなり、各大会のパットランクで上位に顔を出すようになった。以降、たびたび助言を受けランクは上昇。昨年の「WGCキャデラック選手権」では、ランク1位(結果6位タイ)になるなど、パット巧者に変身した。今季のパットは高いレベルで安定しているわけではないが、好調の時は順位に直結し1勝、トップ10は5回もある。「マスターズ」で12位タイ、「プレーヤーズ選手権」でも4位とビッグイベントで好成績を収めている。プレ杯出場への運命の今大会、その鍵はパットになりそうだ。

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佐渡充高(さどみつたか)
ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。

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