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ソニーオープンinハワイ
期間:01/14~01/17  場所: ワイアラエCC(ハワイ州)

<選手名鑑181>スマイリー・カウフマン(後編)

“アラバマ魂”を持つ男、スマイリー・カウ “アラバマ魂”を持つ男、スマイリー・カウフマン※画像は2016年「ヒュンダイトーナメントofチャンピオンズ」練習日(Tom Pennington/Getty Images)

■ 速攻!参加5試合目で7打差大逆転の初優勝

スマイリー・カウフマン(24)は、今季PGAツアーのルーキーとしてスタートした。昨年10月、開幕から2試合目の「シュライナーズホスピタルforチルドレンオープン」で初優勝を飾り、自身PGAツアー参戦5試合目の快挙だった。

13アンダーで首位に立っていたブレット・ステッグマイヤー(32)に7打差で最終日を迎えた。カウフマンは最終組より3時間ほど前にスタートし、前半は3つしかスコアを伸ばせず、優勝とは程遠かったが、後半から追撃を開始。15番までの6ホールで5打伸ばし、上がり3ホールで2つのバーディを奪い、後半を「29」とした。その日はトータル「61」でプレーして、通算16アンダーの単独首位でホールアウト。後続選手はカウフマンを抜くことができず、大逆転で初優勝を飾った。婚約者フランシー・ハリスと、控室のモニターで試合終了を待った。優勝が確定した瞬間、最高の笑顔で歓喜のハグをかわすと、同じく今季ルーキーとしてともに参加している友人パットン・キジールも駆け寄りハグ!まさにスマイリーの名が体を表したのだった。

■ ゴルフィング・ファミリー

カウフマンは1991年11月30日、米国南部アラバマ州バーミングハムで生まれ、現在も居を構えている。同州はディープサウスの1州。バーミングハムは大都市で高層ビルが立ち並ぶ一方、少し離れると自然が溢れ、ゆったりとした時が流れる。この地が舞台の映画「フォレスト・ガンプ」(主演トム・ハンクス)で描かれた田園風景が広がっている。

父ジェフ、母パムもルイジアナ州立大ゴルフ部出身。母は母校で女子ゴルフ部のコーチを務めた経験もある。曾祖父オースティンはアラバマ大学バーミングハム校ゴルフ部ヘッドコーチ、祖父アランも同職に就き、多くの学生を育てるなどカウフマンはゴルフと深く関わる環境で育った。予選会から勝ち上がり14歳で全米オープン出場を果たし、当時の最年少出場として話題になった。弟をキャディに大舞台へ挑戦し、カウフマン家、交際中のフランシーやクラスメイトも駆けつけ、揃いのTシャツで熱烈応援。予選通過はできなかったが彼のファーストメジャーは忘れえぬ思い出となった。

その後、南部ルイジアナ州立大学を卒業し、2014年にプロ転向。同年12月のウェブドットコムツアーQTで64位タイとなり、15年の同ツアーの出場権を獲得。1勝を挙げるなど活躍し、優先順位13位で今季PGAツアーのシード権を獲得後、意気揚々と出場した2試合目で優勝を飾った。昨年の今頃はシード権も遠かったのに、気がつけば予想だにしなかった場所に到達していた。

■ 留学生マクドウェルを米国最高学生賞へと育んだカウフマン一家

カウフマンはフレンドリーで朗らかな性格からか、多くの素晴らしいサポーターに恵まれている。その一人が2010年の全米オープン覇者グレーム・マクドウェル(36)で、ルーキーのカウフマンを何かと助けている。マクドウェルは18年前、18歳の時に、北アイルランドからアラバマ大学にゴルフ奨学金で留学した。彼をスカウトしたのが当時ヘッドコーチだったスマイリーの祖父アラン・カウフマンだった。家族から遠く離れたマクドウェルに、息子のように接し、的確な指導を行い、メキメキと力をつけていった。2002年、大学4年生時には、平均ストローク「69.6」を記録。それまでの学生の平均ストローク1位だったタイガー・ウッズルーク・ドナルドを抜き、学生リーグで年間6勝を挙げた。アマチュアの欧米対抗戦ウォーカーカップのメンバーにも選出され、大学のエースとして大活躍。留学生の選出がまれな米国最高学生賞である“フレッド・ハスキンス賞”も受賞した。毎年、カウフマン家でのクリスマスパーティーに招かれ、スマイリーとも一緒に楽しい時を過ごすなど、今も家族同様の親しい付き合いが続いている。2010年、マクドウェルが全米オープンで優勝した時もアラン・カウフマンが現地に赴き、様々な助言を与えていた。マクドウェルはスマイリーの力になり、カウフマン家に恩返しをする時が来たと思っているようだ。

■ アラバマ魂

僕にとってアラバマ人は「気持ちの濃い人たち」という印象が強い。ゆかりの選手たちの絆も強い。カウフマンが初優勝の際には、同州出身で同じコーチに師事するキジールが自分のことのように傍らを離れず一緒に行方を見守っていた。開幕3戦目で初優勝したジャスティン・トーマスも同州出身でカウフマンとはバディ(相棒)の間柄。彼らと同期で現在下部ツアーを中心にプレーするトレイ・マリナックスもPGAツアーの出場機会を狙っている。トーマスは彼が推薦出場できるよう主催者らに直筆で“出場権を与えるにふさわしい人物”と彼を紹介する手紙を送った。それがきっかけとなりスポンサー推薦枠を獲得、マリナックスは11月のRSMクラシックで健闘し、25位タイに入賞した。ゴルフ場では真っ向勝負だが、一歩離れると、助け合い励まし会う互助精神がある。その輪はジュニア時代からの仲間スピースやエミリアーノ・グリージョ、パトリック・ロジャースらにも拡がり、アラバマという枠を超え若者が新しく素晴らしい関係を作ろうとしている。

僕の恩師ジャック・タトヒル夫妻も同州出身。大学生の頃、彼と知り合い、ゴルフを通じユーモアたっぷりに導いてくれた。数年後、気軽に接していた彼が米ゴルフ界の重鎮であることを知り、偉い人すぎて「ゴルフと釣り仲間」などと軽々しく言えなくなった。現PGAツアーのコミッショナー(ティム・フィンチェム)も当時アドバイザーとしてジャックと共に活躍していた。彼はオーガスタ・ナショナルGCや著名コースのメンバーでプレーする機会を与えてくれただけでなく、ゴルフの楽しさ、厳しさ、深さを説いてくれた。そのサポートは「どうしてそこまで?」と戸惑うほど思いやりが溢れ、徹底的で、アラバマ・コネクションの選手たちの行動そのもの。アラバマ魂に触れた貴重な経験は代えがたい幸運だった。

■ ゴルフボールとピンクの薔薇でロマンティックな告白

カウフマンの婚約者フランシー・ハリスとは高校時代からの交際だ。米国やカナダの高校ではプロム(Promenadeの略で卒業ダンスパーティーのこと)を行うことが多い。男子が意中の女子を誘うのだが、カウフマンは1学年下の彼女へ、彼らしいロマンティックな告白をした。

彼女が旅行から帰宅する前に彼女の両親の許しを得て、自宅裏庭にゴルフボール約150個を使って「PROM?」の文字を作り、リビングに12本のピンクの薔薇を飾り、花瓶のところに「電話をください」のメモを残した。もちろん答えは「Yes!」。以降、彼女は可能な限り試合に同行し、苦楽をともにしてきた。相思相愛の交際6年を経て、婚約したばかり。人生のツアーも二人で歩んでいくと決めた。

佐渡充高(さどみつたか)
ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。

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