ニュース

国内男子の最新ゴルフニュースをお届け

後世に残したいゴルフ記録

尾崎将司の賞金王は14回だった?/残したいゴルフ記録

2020/01/31 18:36


国内男子ゴルフは1973年にツアー制度が始まりました。以降はあらゆる記録がデータとして保存され、現在ではインターネットを通じてさまざまな情報を閲覧できます。一方で、72年以前にも数多くのプロ大会が行われてきましたが、日本で初開催の1926年「日本プロ」から47年間の記録は、公式にはほとんど残されていません。

本連載では、記者として長くゴルフ取材に携わる武藤一彦氏が「記憶」と文献を駆使して男子ツアーの前史をたどり、後世に残したい「記録」を深掘りします。

尾崎将司の賞金王 ツアー記録は12回だけど…

1970年にプロ入りした尾崎将司のツアー記録には、73年「関東プロ」から通算94勝、12回の賞金王という輝かしい数字が残されている。96年に挙げた8勝は、中嶋常幸(83年)と並ぶツアー年間最多優勝記録として現在も破られていない。

ただ、これはツアー制が開始した1973年以降の記録だ。それより前の戦績を調べると、尾崎はプロ2年目の71年に初優勝を含む5勝、72年に9勝(海外1勝を除く)を挙げている。両年とも、国内大会で年間トップの賞金を獲得していた。つまり、賞金王になったのは12回ではなく14回だった、というのが今回のテーマである。(※)

ツアー施行前2年間の輝かしい戦績 その賞金総額は?

尾崎はプロ2年目の1971年、公式戦「日本プロゴルフ選手権」で初優勝を飾り、ほかに4勝を挙げて計1601万1000円を稼いだ。それまでの国内記録を更新する最多賞金額だった。

翌72年は、1月の「ニュージーランドプロ」で海外初優勝。国内では「ウイザード」、「全日本ダブルス」、「札幌オープン」、「アサヒ国際」、「千葉オープン」、公式戦「関東オープン」、「ファーストフライト」、「グランドモナーク」、「日本シリーズ」の9戦で勝った。国内賞金2534万2000円を得て、さらに記録を伸ばした。

プロ4年目にツアー制開始

賞金ランキングとシード制が導入されたのは、ツアー制度がスタートした1973年。対象競技を4日間72ホールと定め、出場枠や賞金配分率を決めた。当該年のランクに基づいて次年度のシード権を与える現行のシステムを整えた。

米ツアーに追いつき、世界を目指す―。海の向こうを眺めながらの意気込みがトーナメント界を勢いづけた結果、遅々として進まなかった改革がようやくこの年に実現したのだ。

一方で、尾崎の輝かしい71年と72年は背後に追いやられ、2回の“賞金王”は歴史の彼方に吹き飛んだ。筆者として、この意気込みをあと2年か、もっと前に持ってほしかった、と言いたいところだ。

71年から数えると、4年連続の賞金王となる。尾崎は94年から98年にかけて5年連続で賞金王に輝いているが、デビューから4年連続の賞金王も大きな快挙に違いない。トーナメント界の決断がもう少し早ければ、歴史の見え方はまた、大きく変わっていただろうに…と残念な気がしてならない。(武藤一彦)

(※)尾崎のプロ通算勝利数として言及される「113勝」という数字は、72年以前の15勝(海外1勝を含む)と、以降のツアー外競技で飾った4勝を加えたもの。

おすすめ記事通知を受け取る

武藤一彦(むとう・かずひこ)
1939年、東京都生まれ。ゴルフジャーナリスト。64年に報知新聞社に入社。日本ゴルフ協会広報委員会参与、日本プロゴルフ協会理事を経て、現在は日本エイジシュート・チャレンジ協会理事、夏泊ゴルフリンクス理事長を務める。ゴルフ評論家として活躍中。近著に「驚異のエージシューター田中菊雄の世界」(報知新聞社刊)など。

関連リンク




特集SPECIAL

宮本卓×GDO 旅する写心
ゴルフフォトグラファー宮本卓×GDOのスペシャルコラボコンテンツ。国内外のゴルフ写真を随時更新中!!
HIGHLIGHT 重永亜斗夢
プロゴルファーの躍動感溢れる身体と、プレー中とは異なる表情を、光と影のシンプルな世界観で表現したフォトギャラリー「HIGHLIGHT」。

今週の特集記事  【ブルーダー】 ~もっと自分らしいゴルフ&ライフスタイルを~

 


【売り時を逃したくない方必見!】無料45秒の入力であなたの不動産の最高額が分かる!
ブラインドホールで、まさかの打ち込み・打ち込まれ!!ゴルファー保険でいつのプレーも安心補償!
2017年オリコン顧客満足度調査中古車情報サイト1位!あなたの賢いクルマ選びをサポートします。