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進化し続けるスピースを偉大なプレーヤーと比較

By Sean Martin, Helen Ross, D.J. Piehowski, PGATOUR.COM

ジョーダン・スピースは昨年の「ジョンディアクラシック」でPGAツアー初優勝を飾った。ザック・ジョンソン、デビッド・ハーンとの三つ巴のプレーオフを制し、1931年以来となる10代でのPGAツアー優勝者となった。

ツアー初勝利からの約1年で彼が残した実績は多い。

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タイガー・ウッズ以来初となる、ノンメンバーから「ザ・ツアー選手権 presented by コカ・コーラ」に出場。「プレジデンツカップ」のメンバーにも選出されると、世界ゴルフランキングでもトップ10にランクイン。さらに「マスターズ」と「ザ・プレーヤーズ選手権」では最終日を最終組でプレーし、それぞれ2位、4位という好成績を収めた。そして、現在はフェデックスカップランキングでも5位につけている。

7月27日に21歳の誕生日を迎えるスピースだが、偉大なプレーヤー達が21歳になる前に残した実績と比較したい。

タイガー・ウッズ 21歳の誕生日/1996年12月30日

2歳の頃からゴルフ界のレーダーにキャッチされていたウッズは、“マイク・ダグラス・ショー”でボブ・ホープとパッティング対決を行い、一躍有名となった。3歳になると9ホールで「48」というスコアを記録し、その2年後にはゴルフダイジェストが特集記事を組んだ。

「全米ジュニア・アマチュア選手権」では3連覇(1991-93)、「全米アマチュア選手権」でも3連覇(1994-96)を達成。この6連覇という記録は、8連覇を達成したボビー・ジョーンズに次ぐもの。ウッズはアマチュア時代に出場した4大メジャー6大会で予選を通過し、1995年の「マスターズ」、そして96年の「全英オープン」でローアマチュアを獲得した。

20歳となった1996年にはNCAAのタイトルを取り、NCAA年間最優秀選手賞を受賞。プロに転向して迎えた初戦の「グレーター・ミルウォーキー・オープン」では60位タイとしたものの、それからの6戦で2勝をマーク。初出場から8戦までに3度トップ10という成績を残し、スピースと同様に「ザ・ツアー選手権 presented by コカ・コーラ」出場を果たした。

この活躍から96年はPGAツアーの新人賞に輝き、スポーツイラストレイテッド誌が選ぶスポーツマン・オブ・ザ・イヤーも受賞。21歳になる2ヵ月前には父のアール・ウッズ氏とタイガー・ウッズ基金を設立し、これまでに1,000万人を超える若者を支援している。

フィル・ミケルソン 21歳の誕生日/1991年6月16日

生後18ヶ月目にはゴルフボールを打っていたミケルソンは、生まれつき右利きだった。それが父親のフォームを正面から見て真似ている内に左打ちになったという。そんな彼は、アマチュア時代には驚異的な戦績を残している。

アリゾナ大に在学中だった20歳(1990年)の時に、ジャック・ニクラス以来初となるNCAAと「全米アマチュアゴルフ選手権」を同年に優勝という快挙を達成(後にタイガー・ウッズライアン・ムーアも同様の記録を成し遂げる)を果たした。

ミケルソンはNCAAタイトルを3度獲得し、大学生の年間最優秀選手賞として知られるフレッド・ハスキンズ賞も3度受賞。ゲーリー・ホールバーグ、デビッド・デュバルブライス・モルダーと共に4度オール・アメリカンのファーストチームに選出された。また「ウォーカーカップ」にも2度出場し、1990年の「世界アマチュアゴルフチーム選手権」にも出場した。

まだアマチュアだった21歳になる5ヵ月前、ミケルソンは「ノーザン・テレコム・オープン」でボブ・ツエーとトム・パーツァーを1打差でかわし、PGAツアー初優勝を記録。アマチュア時代にPGAツアーの大会優勝を果たしたのは過去6人のみで、ミケルソンを最後に現れていない。ミケルソンは21歳の誕生日を迎えた後で、心理学の学位を修めアリゾナ大を卒業した。

トム・ワトソン 21歳の誕生日/1970年9月4日

トム・ワトソンは、21歳当時もアマチュアだった。ミズーリ州のカンザスシティで生まれたワトソンは、1971年までプロに転向しなかった。当時はスタンフォード大に所属し、3度オールアメリカン・セカンドチームに選出され、カリフォルニアでも著名な大学を心理学の学位を修めて卒業した。

ワトソンにゴルフを教えたのは、スクラッチプレーヤーの腕前を持つ父のレイ・ワトソン。6歳でゴルフを始めたトムは、17歳の時にミズーリ州のアマチュア選手権で優勝。同大会では5年で4度優勝という成績を残している(1967-68、70-71)。その後、西海岸のスタンフォード大に進学したワトソンは、1969年の「全米アマチュア選手権」、1970年のNCAAでそれぞれ5位タイ入賞を果たした。70年「マスターズ」では予選落ちとなったが、アマチュア時代に出場した唯一のメジャー大会だった。

1971年にプロ転向を果たし、1974年の「ウェスタン・オープン」で初優勝を果たした。

ジャック・ニクラス 21歳の誕生日/1961年1月21日

1960年の「全米オープン」の主役はアーノルド・パーマーだった。当時20歳だったジャック・ニクラスも出場し、アマチュアながらもチェリーヒルズでの大会で2位入賞を果たした。彼が21歳になる直前に残した実績といえば、このくらいのものになってしまう。

ニクラスの伝説は地元オハイオ州から生まれた。オハイオ州の「ジュニア選手権」で5連覇を果たすと、16歳だった1956年には「オハイオ選手権」で優勝。ゴールデンベアーは18歳だった1958年にPGAツアーデビューを果たし、「全米オープン」で予選通過、41位タイという成績を残した。そしてファイアーストンカントリークラブでの「ラバーシティオープン」では、36ホールを終えて2位タイに浮上し、結果的に15位タイでフィニッシュした。

ニクラスは1959年に初めて「全米アマチュア選手権」で優勝し、同じ年に「マスターズ」初出場を果たした(予選落ち)。同年はPGAツアーで7大会に出場し、4大会で予選を通過。

上記の素晴らしい成績を残しつつ、1961年、21歳の誕生日を迎えた後で「全米アマチュア選手権」優勝、「NCAA選手権」優勝、「ビッグ10選手権」優勝、そして「ウェスタンアマチュア」でも優勝するなど、アマチュア時代ベストの成績を残した。同年はアマチュアのままツアー3大会に出場し、「マスターズ」では7位タイ、「全米オープン」では4位タイ、「ミルウォーキーオープン」では6位タイに入賞。ニクラスは同年にプロ転向を果たし、現役引退までの間にメジャー18勝、PGAツアー73勝を挙げた。

アーノルド・パーマー/21歳の誕生日は1950年9月10日
情報提供:PGA TOUR

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