銅メダリスト松山英樹がZOZO“凱旋”出場「勝てるよう全力尽くす」
2024年 ZOZOチャンピオンシップ
期間:10/24〜10/27 場所:アコーディア・ゴルフ習志野CC(千葉)
日本開催PGAツアーがもたらすもの 松山英樹が思う“ZOZO”の意義
◇米国男子◇ZOZOチャンピオンシップ 事前情報◇アコーディア・ゴルフ習志野CC(千葉)
目の前に広がる、あの日の人の波を忘れたことはない。2019年10月24日、日本で史上初めて開催されたPGAツアー「ZOZOチャンピオンシップ」が大会初日を迎えた。午前9時半、ジョーダン・スピース、アダム・スコット(オーストラリア)との同組ラウンド。スタートティに立った松山英樹は息をのんだ。
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「スゴイな…って。自分にかかっていたプレッシャーも一瞬忘れて、見ている光景に本当に感動した。メジャーと変わらない雰囲気。それを日本で醸し出せるんだ…と思って」。千葉県のアコーディア・ゴルフ習志野CCに漂っていたのは、幾度となく戦ってきた4大メジャーの空気そのものだったという。
2014年にPGAツアーに本格参戦した松山は当時、秋になると米本土での大会以外にマレーシアでの「CIMBクラシック」、中国での「WGC HSBCチャンピオンズ」を戦った。2017年に韓国での「CJカップ」が加わり、他のトップ選手もアジアシリーズに登場。長年、複数の日系企業がツアー大会の冠スポンサーを務めてきた経緯もあって、「どうして日本では開催がないんだろうと思っていた」のも本音だった。
2018年秋、その願いは現実になる。PGAツアーは翌年の「ZOZOチャンピオンシップ」開催を発表。ZOZOTOWN創業者の前澤友作氏の賛同を得て、史上初めて日本国内で最高峰のツアー大会を迎えた。「できないんじゃないかと思っていたこと、夢だったことが日本で実現する」。そう感激したのは、1983年に日本人選手として米国で初優勝した青木功だった。
現役でプレーする松山にとっても待望の試合。同時に、「オレが勝たなきゃいけない、PGAツアーで“バチバチ”でやっている姿を日本で見せたい。そういう責任感みたいな気持ちが強く湧いた」ゲームになった。初回大会を牽引したのはタイガー・ウッズ。同年4月の「マスターズ」で11年ぶりにメジャーを制覇(15勝目)した史上最高のゴルファーが2位の松山に3打差をつけて優勝した。サム・スニードに並ぶツアー最多の通算82勝目。ウッズの輝かしいキャリアの最後のタイトルは今も「ZOZOチャンピオンシップ」である。
大団円に終わった2019年大会だが、振り返れば苦難の連続だった。記録的大雨の影響で2日目のプレーができず、来場者の安全を考慮して3日目を無観客で開催した。すべての選手が72ホールを終えたのが週明けの月曜日。国内ツアーでは日曜日に大会を終わらせるために競技を54ホール、36ホールと短縮させるようなケースだが、世界最高峰のツアーは違う。
「72ホールを完遂させるのがPGAツアー」と松山。大会スタッフによる徹夜覚悟のコースの復旧作業が行われた。「月曜日に自分がプレーしたのは(持ち越された)6ホールだけ(ウッズは7ホール)。そのためだけに、たくさん(2563人)のギャラリーが来てくれたことを覚えている。本当にすごいことだし、ゴルフのファンはやっぱり多いんだなと感じた」
来場者数は練習日を含めて5万4840人に上った。試合期間中は順延日、無観客日を挟んだにもかかわらず4万3777人を記録した。その年の国内男子ツアー単体で行われた試合の最多は「中日クラウンズ」2万8060人。直近の2023年もZOZOは3万2171人を集め、「三井住友VISA太平洋マスターズ」の2万3569人をしのいだ。
記念すべき第1回大会のタイトルを逃した松山は、2021年大会(第3回)に歓喜の瞬間を迎えた。終わってみれば2位には5打差をつける圧勝だったが、「(同年の)マスターズ勝った後、良い成績が出たり、出なかったりという一年。夏からは(東京)五輪でメダルを獲れず、調子は最悪と言える感じで試合に入っていた」
自らを奮い立たせてくれたのは、母国の大声援。22歳で海を渡り、コロナ禍もあって遠のいていた懐かしい声に背中を押された。「普段、米国では“ホーム”でプレーできることなんか、まず、ないから。やっぱり応援の力って本当に大きいんだなと感じました」。国内ツアーで2勝した2016年以来、実に5年ぶりに日本でトロフィーを掲げた。
ZOZOというゲームを日本で開催する意義について、松山は今も「PGAツアーを身近に感じられることは大きいこと」だと言う。賛同するスター選手は多い。アダム・スコット(オーストラリア)は「私はキャリアの多くの時間を日本で過ごしてきた。素晴らしい記憶と、素敵な人々の印象ばかりが残っている」と話す。
日本人の祖父を持つリッキー・ファウラーは「ルーツのある日本でプレーする機会は本当にありがたい」と語った。コリン・モリカワにも日系の家族がいる。「シーズンのスケジュールが出たときに出場を予定する数少ない試合だ」と昨年の優勝タイトルを大いに喜んだ。
日本開催がもたらすものを享受するのは、松山や海外選手、ファンに限ったことではない。大会は例年、78人の出場枠のうち国内ツアーのトップ選手のために8枠(+推薦枠)を設けている。「日本人選手にもチャンスがある。もしも若手選手が勝てば、すぐにPGAツアーに出られる。メジャーにも挑戦できる。どんどん活躍の場を広げられる。そういう可能性を秘めているということが、すごく大事だと思うんです」(松山)
松山がティショットを放つこちらの写真は、2019年大会のものだ。画像の中央、上段に当時アマチュアだった中島啓太が小さく映り込んでいる。
ギャラリーのひとりとして試合を観戦し、2年後の2021年に初出場。一緒に練習ラウンドをしたモリカワに「これが君のスタートラインだ。これから頑張って」と声をかけられた。そのまた2年後には日本ツアーで賞金王に輝き、今季はDPワールドツアー(欧州ツアー)に進出。松山と「パリ五輪」で日の丸を背負うなどステップを踏んでいる。
サウジアラビア系資金を背景にしたLIVゴルフの登場など、世界の男子ゴルフ界は今、過渡期にある。世界戦略を強化しているPGAツアーだが、アジアの大会はコロナ禍以降、ZOZOだけになった。
ツアーの国際部トップ、クリスチャン・ハーディ氏(インターナショナル社長)は「スケジュールの関係で1つになってしまったが、決してアジアへの思いが低下したわけではない。アジアのオフィスで働くスタッフの人数も増やしている」と熱弁する。裏を返せば、日本での開催ゲームには、今後のアジアゴルフのネットワークの中核としての期待を寄せる。
ZOZOでは日本の伝統的なコースがツアーの基準にのっとって仕上げられている。ラフは長く、グリーンは硬く、速く。ピンポジションは戦略的に。視覚的なギャップをいくつもつくる。それでいて選手にとってフェアで、実力差が表現されやすいセッティングを目指す。
一方では「プロゴルフはエンターテインメントだ」という理念を崩さない。会場のアコーディア・ゴルフ習志野CCでは例年、左ドッグレッグの10番ホールのティを本来のティイングエリアではなく、後方のパッティンググリーンの上(一般営業時)に設定する。距離を長くとることで、選手は左サイドの林の向こうを狙えなくなる。多くの来場者に、ボールが地面に落下するシーンを観てほしいという配慮からだ。
ハーディ氏は日本人選手の世界進出の鍵について、「ひとつはこの大会でプレーすることだろう。世界最高峰のコンディションで、世界最高峰の選手とプレーすることが一番の経験になる」と自信を持って言った。
今季、ルーキーイヤーでシードをほぼ手中に収めている久常涼は2022年大会で、次週の出場権獲得となるトップ10入りを逃して(12位)涙した。そして昨年、4位で終えた石川遼と6位に入った平田憲聖は見事、次戦のメキシコでの「ワールドワイドテクノロジー選手権」に参戦。まさにZOZOが世界への扉になった。
PGAツアーのアジア太平洋地域のトップであるクリス・リー氏は「ZOZOチャンピオンシップは若いスターたちに夢の実現のために必要な思考と経験を与える、重要な役割を果たしてきた」と話す。最高峰のツアーだからこそ提供できた価値がある。「今後さらに多くの日本人選手がツアーに参戦する可能性があり、目に見えた成果が出始めている。次世代ゴルファーに間違いなくインスピレーションを与え続けるでしょう。ツアーには長年、日本でトップレベルの競技を開催し、興奮を届ける責任があります」
3年ぶりの大会制覇を目指す松山は、「あのギャラリーの雰囲気を醸し出せるところって、アメリカでもメジャーを除けば、そうそうあるものではないんです。それに、観戦マナーの良さや、真剣にゴルフを観る応援の仕方なんかは日本ならではだと思う。だからこそ盛り上げたい気持ちが強い」と意気込む。アジアゴルフのハブ機能、国内のファンや選手にとってのゲートウェイとしての価値。日本でのツアー開催の意義は、“ただの1試合”にとどまらない。(編集部・桂川洋一)