カブレラのマスターズ出場は「ビザ次第」 元妻らへの暴行罪で服役2年半
マスターズ覇者のカブレラ 服役後のカムバックと米国の法社会/小林至博士のゴルフ余聞
アルゼンチン出身のアンヘル・カブレラが、2月にモロッコで開催されたPGAツアーチャンピオンズ(米シニアツアー)「ハッサンII トロフィー」で復帰を果たした。メジャー2勝の実績を持つ54歳は、元パートナーへの暴行や脅迫、窃盗など複数の罪で実刑判決を受け、2年半の服役後、昨年8月に仮釈放された。そして昨年末、米PGAツアーおよび米シニアツアーからの出場停止処分が解除されたのである。
「Everybody deserves a second chance」
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「だれでも再挑戦の機会が与えられるべき」というこの言葉は、アメリカ人が好む表現だ。そして、失敗にめげずに再起を果たした人間は「Comeback Kid」として称賛される。開拓者精神を体現し、高リスクの事業に果敢に挑んできた国の伝統的な精神である。
とりわけ、プロスポーツの世界では、このような寛容な姿勢が顕著に見られる。例えば、米大リーグ(MLB)のマット・ブッシュは、飲酒によるトラブルを繰り返し、ついには飲酒運転によるひき逃げ事故。被害者に瀕死の重傷を負わせて3年近く、刑務所生活を送ることになった。
出所後ファミレスでバイトしているところを、テキサス・レンジャーズの関係者が目撃。投げさせてみたら、アップシューズにジャージ姿で150km超の剛球を連発して、再起への道が開かれた。そして翌2016年、30歳でメジャーデビューを果たし、昨年まで217試合に登板した。
米プロフットボールリーグ(NFL)のマイケル・ヴィックは、アトランタ・ファルコンズのエースQBとして全米にその名を知られるスター選手だった2007年に、自宅裏庭で闘犬を開催し、負けた犬を処分するなどの残虐行為を行っていたことが発覚、2年の懲役刑に。服役後、世間に謝罪することを条件に復帰を許された。その後は、カムバック賞を受賞するなど、2016年まで現役を続けた。
ゴルフは、伝統的に紳士のスポーツとみなされており、こうした重い犯罪からの復帰例はこれまでになく、カブレラのケースは画期的な出来事といえる。自己流のスイングから繰り出される300ydを超えるドライバーショット、くわえタバコでの闊歩、ラテン系の雰囲気あふれる笑顔は、プロゴルフツアーのミリ単位の精密さを競う研ぎ澄まされた緊張感とは一線を画し、多くのファンに愛されてきた。私のアルゼンチン人の親友も彼の熱烈なファンの1人という影響もあって、私も長年にわたりカブレラのことが気になっていた。
確かに、カブレラが犯した罪は重い。しかし、米PGAツアーは、刑期を終え、法的には自由の身となったことを受け、出場を許可する判断を下した。ゴルフは歴史と伝統、格式を重んじるスポーツであるが、その象徴ともいえる「マスターズ」も、彼が入国できれば出場を許可すると公表している。法の支配と合理性を重んじるアメリカならではの話である。(小林至・桜美林大学教授)
- 小林至(こばやし・いたる)
- 1968年生まれ。江戸川大学教授を経て、2020年4月から桜美林大学(健康福祉学群)教授。92年、千葉ロッテにドラフト8位で入団。史上3人目の東大卒プロ野球選手となる。93年退団。翌年からアメリカに在住し、コロンビア大学で経営学修士号(MBA)取得。2002年から江戸川大学助教授となり、05年から14年まで福岡ソフトバンク球団取締役を兼任。「パシフィックリーグマーケティング」の立ち上げなどに尽力。近著に『スポーツの経済学』(PHP)など著書多数。