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<佐渡充高の選手名鑑 128>アンヘル・カブレラ

2014/07/30 10:00

■ W杯サッカー躍進の母国に刺激され復活V

W杯サッカーで、アルゼンチンがベルギーを撃破し24年ぶりにベスト4進出を決めた直後だった。アルゼンチン出身のアンヘル・カブレラ(44)は、このビッグニュースに呼応するように米国ウェストヴァージニア州開催のPGAツアー「ザ・グリーンブライアークラシック」最終日、難ホールの13番(パー4)でイーグルを決めて劇的勝利。サッカーFWリオネル・メッシのごとく、「俺もアルゼンチン代表選手だ」と言わんばかりの熱い思いが伝わってくるプレーを見せた。世界52勝の大ベテランの優勝は、米ツアーでは2007年「全米オープン」、2009年「マスターズ」に次ぐ3勝目。難しいメジャー2勝後にレギュラー試合で優勝という極めて珍しい出来事だった。

昨年の「マスターズ」でアダム・スコットとの激闘プレーオフも記憶に新しい。カブレラは敗れはしたものの健在をアピール。そして潔く勝者スコットを讃える彼の姿にスポーツマンシップを感じた。敗戦後の言葉で強く印象に残ったのは「That is golf」。勝っても負けても、アレもコレもゴルフ、すべてを受け入れ次へのエネルギーに転化する、逞しい彼のプレーを“ずばり”表す言葉だと思った。一見、爽やかに負けたのだが、心の中は悔しさで溢れかえっていたのだろう。翌週に母国開催の南米ツアーに出場してすぐさま、リベンジ(ラティーノアメリカ「82°Abierto OSDE del Centro」)。開催コースは少年時代にキャディとして働いていた故郷のゴルフ場で、18番でイーグルを奪いプレーオフに持ち込み大逆転で錦を飾った。

■ エンジェル・カブレラ、サポーターの伝統

アンヘルという名はスペイン語でエンジェル(天使)の意味だ。可憐な女の子をイメージするが決して珍しい男性名ではないという。カブレラは若い頃はメッシに似た雰囲気のハンサムで、体型も細身だった、底抜けに明るく裏表のない性格の持ち主だ。後輩たちを引き連れて盛り上がる食事会のパワーに圧倒されたことが忘れられない。人の輪を大切にする彼らしいエピソードのひとつは、2010年に催した「マスターズ」のチャンピオンズ・ディナーのレビュー会だ。本番のチャンピオンズ・ディナーは前年優勝者が歴代優勝者をもてなす恒例行事で、その場に一般の人は一切入れない。カブレラは世話になった人たちと感激を分かち合いたいと、本番の2週後に100人限定で企画した。母国産のビーフ、ワインでもてなし、アルゼンチンタンゴで雰囲気を自ら盛り上げた。さらには参加者全員に直筆サイン入りの大会フラッグなどの記念品を贈呈するなど、費用は1席1000ドルと高額だったが即完売し大好評。カブレラは収益のすべてを故郷の病院に寄付し、感無量の夜だったという。

2000年のW杯ゴルフ中継でブエノス・アイレスに行った時、私が目の当たりにした光景は驚かずにいられなかった。貧富の差が激しく、郊外へ行くと床のない土壁の家に暮らす人も多かった。それはカブレラが育った環境そのものだと知り衝撃を受けたのだ。カブレラは家計を助けるために小学校を中退し、10歳でキャディになった。ゴルフは木の枝で、石を打つことからにはじまり、並々ならぬ努力と才能で腕を上げ、19歳でプロ転向を果たした。ゴルフはサッカーに比べマイナーなスポーツで、ブルジョアの遊戯だった。十分な教育を受けられず、欧州へ飛び立とうとする彼を支援する人はいなかったが、そこに幸運のエンジェルが現れたのだ。同じ境遇からプロになり、欧州ツアーで活躍していたエデュアルド・ロメロ(60)が全面的に支援を申し出てくれた。実家がすぐ近くで幼い頃から旧知の仲、カブレラを何とか一人前にと、金銭面はもちろん、惜しみない友情を注ぎ、欧州ツアー5勝という成功へ導いてくれた。2000年のW杯は、そんな師弟コンビが母国代表選手として出場し、2位と大健闘。優勝のタイガー・ウッズデビッド・デュバル組を凌ぐほど、大喝采を浴びたのだった。

カブレラは、ロメロからのサポートの伝統を受け継ぎ、今度は彼がエンジェルとしてその役割を果たすことになった。後輩のアンドレス・ロメロを全面サポートし、ロメロが2008年にPGAツアー「チューリッヒクラシック」で初優勝を挙げた時には、むせび泣くほど感激していた。アルゼンチンはW杯ゴルフの成功でゴルフ人気に火が点き、ブームは南米各地に拡がっていった。南米ツアーはPGAツアーの下部組織になり、再来年(2016年)のリオ五輪で競技復活の地となる。そんな流れを牽引してきたのはカブレラのメジャー2勝による圧倒的なインパクトと言っていい。

■ どうしても気になる丸山茂樹

カブレラはマッチョで大きな体格に似あわず、ちょっと弱気な面がある。アプローチに悩み続けているのだ。練習所で彼と目が合うと必ず人差し指で手招きし「僕は(丸山)シゲキと全く同じ誕生日(1969年9月12日)なのに、なぜ僕はアプローチが下手なのだろう…?」とよくこぼしていた。その度に「他の選手にはないパワーがあるじゃないか!」と励ましてきたのだ。実際、あのパワーにショートゲームの技が加われば“鬼に金棒”。そして2007年の「全米オープン」で、ウッズに1打差で逃げきれたのも、武器である飛距離に、ショートゲームのクオリティがプラスされたからだと思わずにはいられない。

メジャー2勝後、しばらく静かだったのは体のオーバーホールに時間がかかったからだ。「全米オープン」優勝後にキッパリ禁煙。しかし胃の損傷で緊急入院し、検査の結果、腫物が悪化したことが判明して手術を受けた。その手術からまもなくして今度は腰痛が悪化し、再手術。さらに想定外の大きな影響はインプラント(歯)の手術で、完治までに2年の歳月を要した。反撃の狼煙は昨年10月の「プレジデンツカップ」だった。個人戦でフィル・ミケルソンを撃破し勢いにのり、年明けに「今季はやるぞ!」と宣言した。その言葉通り「ザ・グリーンブライアー-」で優勝、パーオン率は驚異の79.17%で1位に輝いた。体調回復で飛距離やアイアンの切れ味も戻り、パワーでコースをねじ伏せるカブレラが復活。50歳まで、もうひと花どころではない活躍の予感がする。

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佐渡充高(さどみつたか)
ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。

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