シード争いの行方 ポイント&マネーで125位に入っているのは誰?
2013年 ウィンダム選手権
期間:08/15〜08/18 場所:セッジフィールドCC(ノースカロライナ州)
<佐渡充高の選手名鑑 90>ウェブ・シンプソン
■ 地元で飾った夢の初優勝
今大会「ウィンダム選手権」はウェブ・シンプソンにとってツアー初優勝を飾った特別な試合だ。ツアー3年目を迎えたシンプソンはその時、4度目の初優勝の大チャンスを迎えていた。最終日2位のトミー・ゲイニーに2打差の首位でスタートし、終盤の15、16番で連続バーディを奪ってスコアを伸ばし、3打差をつけて勝利した。結婚1年目のドウド夫人は、生後まもない長男ジェームズ君を抱きかかえて感激の涙を流した。
“初優勝”という分厚い壁を突破すると、わずか2試合目となる「ドイツバンク選手権」でも優勝し、最高のシーズンを送った。さらに翌2012年には、悲願のメジャー「全米オープン」タイトルを獲得。長女グレースちゃんも誕生し、子供たちの成長に負けない快進撃でトッププレーヤーの仲間入りを果たした。
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■ ウェイクの森で育んだゴルフ、そして恋
初優勝を挙げた会場のセッジフィールドCCは、緑豊かなノースカロライナ州。彼にとって地元であり、大切な思い出がたくさんある場所なのだ。生まれも、育ちも、母校のウェイクフォレスト大学も、現在、シンプソンが住んでいる場所も同州と、生粋のノースカロライナっ子なのである。
父サム、母デビーの2男4女の5番目として誕生したシンプソン。両親は同州にある米国屈指のゴルフリゾートであるパインハースト内にも家を持ち、トム・ワトソンらトッププロとも交友がある。恵まれた環境でゴルフもメキメキ上達し、高校時代は3年間、全米1位という輝かしい成績を残した。進学したウェイクフォレスト大学は、アーノルド・パーマーの母校で、ジェイ・ハースら多くの名選手を輩出している名門校。在学中からジェイの弟でゴルフ部監督(元PGAツアー選手)のジェリーに、さまざまな助言を授けてもらった。ドウド夫人も同じ大学(1学年上)で、キャンパスや母校の近くでデートを重ね、挙式も同州の名門コース、クエイル・ホロークラブで執り行われた。ゴルフも、恋も、ノースカロライナの美しいウェイクの森で育んできた。初優勝の際は、家族、親族、友人、知人が大挙して応援に駆けつけ、彼にとっては勝たねばならないビッグイベントだったのだ。
■ 惜敗、無情のルール ブレークスルーまでのタフな道のり
シンプソン初優勝までに辿ってきた道のりは決して容易いものではなかった。2010年「ジャスティン・ティンバーレイク・シュライナーズホスピタル for チルドレン」で、初優勝のチャンスが巡ってきた。しかし、最終日の17番(パー3)で、ティショットを池に打ち込み脱落。2回目は2011年3月の「トランジションズ選手権」。最終18番でボギーを叩くと、優勝したゲーリー・ウッドランドに1打及ばず・・・。そして、最も悔やまれるのは、同年5月の「チューリッヒクラシック」だった。15番グリーン上で、アドレス後にボールが動き1打罰。バッバ・ワトソンにプレーオフに持ち込まれ惜敗した。(※この規則は、翌2012年に改正が行われ、アドレス後でも風が原因であれば無罰に変更。何とも皮肉なことだった。)
そんな不運がありながらも、翌年に初優勝を遂げたのは、彼のハッピー・ゴー・ラッキー(楽天的)な性格が大きく影響しているようだ。ドウド夫人も「ウェブは大変なことがあってもいつも大らか。まるで忘れてしまったみたいに。優勝しても気どらず、いつもと同じようにジョークを飛ばしているわ」と、天真爛漫さに驚いているほどだった。
■ オールアラウンド1位
シンプソンのゴルフは弱点が少ないことだ。2011年には、オールアラウンド1位になった。これはスタッツすべてに悪いところがないことを表す。スタッツがひとつでも悪いと順位が一気に下がり、上位になることは殆どないのだ。ベリーパター(中尺)は大学時代(19歳)から使い始め、現在に至っているが、2016年から使用禁止が決まり通常パターでの練習も始めている。今季はトップ10フィニッシュが4回もあるが未勝利で、今週は4勝目を飾るにはもってこいの舞台。愛する地元での活躍が楽しみだ。
- 佐渡充高(さどみつたか)
- ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。