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聞こえない声援に思う 2020年・無観客開催で知ったもの/松山英樹インタビュー

打ちづらい」――。85年以上の歴史で初めて11月に行われた「マスターズ」。松山英樹はオーガスタナショナルGCで眉間にしわを寄せた。「違和感しかない。ギャラリーがいないだけでコースの見え方が違う」。例年なら1日あたり4万人を収容するゴルフの祭典は2020年、無観客で開催。同様の措置はあらゆる大会で講じられた。新型コロナウイルスは世界のツアートーナメントの会場からファンの“声”を奪い去った。

「See you at Masters..」の3分後に

3月、フロリダ州TPCソーグラス。連続する日常が一変する瞬間に松山はいた。“第5のメジャー”と言われる「プレーヤーズ選手権」。単独首位でホールアウトした初日の夜、PGAツアーは大会を中止、そしていったん4週間のシーズン中断を決めた(のちに6月初旬までの中断を決定)。

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翌朝、コース近くの宿舎で拠点のオーランドに帰る準備をしていた松山は、「たぶん人が思っているよりも、残念がっていない。いつかはそうなるだろうと思っていた」と淡々と言った。駐車場で遭遇したザンダー・シャウフェレに別れを告げる。「See you at Masters, ..or ..? Safe travels!」と笑ったわずか3分後、マスターズ延期の報が届いた。アイスコーヒーのカップを手に、取り乱さぬよう表情を引き締めて「残念というよりは仕方がない」と残し、車を走らせていった。

PCR検査は20回以上「鼻が痛い」

一時帰国した日本での調整を経て、松山は5 月末に再渡米した。「トランプ大統領がスポーツの再開について7月か8月くらいには…と発言したりして、それまで何から手をつけようかなと思っていたところツアーの再開が決まって、あわてて行って準備した」。3季ぶりの勝利こそ手に届かなかったとはいえ、7年連続で最終戦「ツアー選手権」出場を果たした。

生活環境は大きく変わった。感染対策のため、試合期間中の食事はテイクアウトかデリバリーが原則。「飽きます」と嘆くのが正直な思いだ。ツアーは全試合で選手・関係者の事前PCR検査を実施。全米の各会場のそばに検査技師と設備を載せたトレーラーを搬入した。採取棒を鼻腔に入れ、検体を採取すると数時間のうちにメールで判定が出る仕組みだが、これが意外と大変そう。

(採取棒を)ガンって鼻に入れられると、痛いんですよ…。(検査技師の)人によっても違う。僕は最初、ずっと右の鼻の穴に入れてもらっていたが、頭まで痛くなって次の週まで痛みが取れなかったことがあった。(検査会場で)順番を待っているとき、先に検査した選手に『あの人、痛くしない?』なんて聞いたりして、列を替わったりもしました(笑)

連戦でない限り、選手たちはオープンウィークにそれぞれの自宅に帰っていく。ツアーは移動中や滞在中の感染リスクにも配慮した。

オフの間に家でも検査をする。出場試合の前の週に陽性結果が出たらそのまま待機、陰性ならば試合会場に行っていい。その後、また会場で検査をする。試合会場で15回、オフ明けを入れたら、20回以上は検査したことになる。ただ、PGAツアーでは自宅で陰性、会場で陽性となった場合に、家に帰るための移動や治療への補償が出る。そういう補償の制度がしっかりしているのはすごい強みだったと思う

オーガスタでの違和感の正体

優れた検査体制によって一定の安心感は得られたとはいえ、コース内は様変わりした。シーズン再開後、これまででギャラリーの入場を認めたのはわずか3試合。最大でも「ビビント ヒューストンオープン」での1日2000人が限度で、年明け以降も以前のような大観衆が戻る見通しは立っていない

良いショットを打って『これはチャンスについたな』と思っても拍手がない。『遠いかな』と思ってグリーンに上がったら近かったり。寂しさは、あるよねえ…

アマチュア時代の2011年に「マスターズ」で鮮烈なデビューをして以来、どんな試合でも大勢のギャラリーの前でプレーしてきた。注目選手でなければ閑古鳥が鳴く。それは日本でも、世界最高峰のPGAツアーであっても同じ。この10年で出場権が危ぶまれることもなく勝利を重ね、数十億円を稼いできたこと以上に、常に誰かに「見たい」と思わせ続けてきたこと自体が、松山のプロゴルファーとしての何よりの価値。だからこそ変化に驚く。

プライベートのゴルフを、真剣にやっているみたい。でもそれもちょっと違っていて。アメリカでは試合でなければカートに乗る。最初はそんな気持ちで、大会でプレーしていた。オーガスタも違和感しかなかった。1番ホールにグリーン右奥にいつもあるはずのスタンドがない。ギャラリーがいないだけで奥の見え方がこんなに違うんだ…と。(2打目で)突っ込んでいいのか、でも奥には行ってはダメだから、突っ込んじゃいけないと思うと、全然ショート…。見た目とのギャップがすごくあった

もちろん、だから勝てなかったという言い訳ではない。同じ条件下でダスティン・ジョンソン世界ランキング1位たる所以を見せつけた。松山にとって来年10回目になる「マスターズ」が満員のオーガスタに戻る保証は今のところない。対策を改めて練る必要もある。

世界デビューから10年 2021年への自覚

コロナ禍でファンとの接点が少なくなった。同時に日々の取材対応は記者が減り、インターネットを介したオンラインでのやり取りが増えた。それを松山は「はい。ラクですよ」と即答した(いや、即答された)。「正直言えば、オーガスタでは『しんどい』と思うときもあった。何人もの方(記者)に囲まれて、圧迫感があって…。だから、こういうスタイルは良いなあって(笑)

でも応援してくれる人がいるから、やらないと」。無観客開催時は、サインも含めてファンサービスの機会が一切ない。声援も拍手もない。プロアスリートとしての責務が、改めて問われている時期でもある。「PGAツアーに出て、活躍することでニュースにもなる。僕ができる一番は、それかなと考えてきた。でも日本のように試合が少ない状況だったら、どうしたらいいかなと悩む部分もあったと思う

4月から5月にかけての緊急事態宣言発出中、日本にいた松山は同学年の石川遼に声をかけた。医療従事者への寄付や、ゴルフができないジュニアたちのために何かできないか。YouTubeチャンネルを立ち上げ、2人でプライベートラウンドの様子を配信し、チャリティグッズをオークションに出品した。

遼はこれまでも、いろんなことやってきた。僕はそのきっかけがなかったところで、コロナでそう思わされることにもなった。ジュニアの試合がなくなったり、大学の試合がなくなったりする中で、遼がPCR検査代を全部出して試合をやった。いずれ、自分もそうできたら、ジュニアのために何かをしていけたらという一歩目だったと思う

混乱が収まらない中、ハワイでの「セントリートーナメントofチャンピオンズ」(1月7日開幕/プランテーションコースatカパルア)で始まる2021年は、松山にとって節目の年でもある。初出場でアジア人史上初めてローアマチュアになった「マスターズ」から10年。それは、東日本大震災から10年が経つことを意味する。

被災された方、今も被災地に住んでいらっしゃる方はそう思わないかもしれないけれど、僕にとってはあっという間の10年だった。10年、早かった。まだ復興しない地域もあると思う。そういう方もコロナでまた大変な思いをされている。テレビなんかを通じて、良い思いを(与えられるよう)頑張りたい」。2月に29歳になる。使命感は刺激される一方だ。(編集部・桂川洋一)

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