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プレーヤーズラウンジ

<いまや日本人以上に日本人!? ディネッシュ・チャンド>

それは、北海道の小樽カントリー倶楽部で行われた「サン・クロレラ クラシック」の最終日に起きた、小さなハプニングだった。もはや3打差をつけて、ほとんど勝利を確実なものにした高山忠洋とともに、グリーン上に上がってきたチャンド。

最終日最終組の最終ホールはほとんどどのトーナメントでも、選手へのコールがかかる。18番グリーンに上がってきた選手たちは大観衆の前で一人一人名前を紹介されて、拍手や歓声を浴びる。そのたびに手を振ったり、帽子を取ったりして応える。そんなクライマックスのシーンでチャンドはある戸惑いを隠せなかった。

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同大会ではアナウンサーの方が、ギャラリーの方にも分かりやすいように、とまず服の色や特徴を説明し、名前を呼んでいた。「いま、グリーンに上がって参りました選手は白い服を着ております・・・」。ここまで聞いて、チャンドはすっかり油断していた。

なぜならこの日、白のポロシャツを着ていたのは、同組で回っていたW.リャンだった。だから自分の紹介はまだ先と思い込み、リャンの一足後ろをゆっくりと歩いていたのだが、しかし次の瞬間に少し慌てた。「・・・ディネッシュ・チャンド選手です!!」。いきなり自分の名前を呼ばれ、思わず早足になった。「えぇっ?」という表情は隠さないまま、急いでグリーンに上がってきて、それでもひとしきり笑顔で歓声に応えた。そして最後にアナウンサーの方のほうへいたずらっぽい表情を向けて、服の胸元あたりを指でつまんでみせた。

「僕の服は黄色なんだけどなあ・・・! 間違えちゃヤダよ!!」と、選手自らに訂正を入れられて、アナウンサーの方も恐縮しきりで何度も頭を下げた。そんなひょうきんなやりとりに、あちこちから笑いが起こったものだ。

石川遼をきっかけに、ゴルフに興味を持ってくださった方々にとっては、初めて見る顔だったかもしれない。しかも、まんま外国人の風貌。だがそんな彼から飛び出した淀みのない日本語と、そんな当意即妙の対応にギャラリースタンドから「あの人、日本人より日本語お上手ねえ……!!」と、こんな感心しきった声が漏れ聞こえてきたのも無理はない。

しかし、チャンドは過去にツアー3勝をあげて、98年からシードの常連。古くからのファンにはすっかり馴染み深い選手である。母国の英雄、ビジェイ・シンに憧れて、南半球のフィジーから初来日したのは二十歳のときだった。飛ばし屋のチャンドにとって、今では最大の武器となったドライバーを初めて打ったのも、日本だったという。祖国でキャディのアルバイトをしながら家族を養っていたころは、スプーンしか打ったことがなかったからだ。

初めて見る雪にカルチャーショックを受け、日本の豊かな暮らしぶりに度肝を抜かれ、猛烈なプロポーズの末に結ばれた日本人の妻・薫さんに支えられ、日本語も何不自由なく操れるまでになった。もはや第二の故郷といってもいい日本で順風満帆の日々。しかし、元来は南の島で育ったのんびりした気性からか、何年かして油断すると、賞金シード落ちを余儀なくされて、痛い目に遭い、それでようやく目が覚めて、反骨の復活を遂げる・・・というパターンの繰り返しも否めず、今年もまさにそんな年だった。

昨年、シード権を失ったチャンドは出場優先順位のファイナルQTもランク44位に甘んじて、いよいよ火がついた。「何がなんでも復活してみせる」と、強く誓って迎えた今季は、レギュラーツアーへの登竜門「チャレンジトーナメント」で早々と2勝を挙げるなど波に乗り、レギュラーツアーでは、先の「サン・クロレラ クラシック」での単独2位を含む2度のトップ10入りで、これまた早々にシード復活に当確ランプを灯したが、納豆をこよなく愛する38歳の2010年度のゴールはもちろん、そこではない。

「年内に4勝目! 期待しててね!!」と、これまた流ちょうな日本語で決意を語ったチャンド。今年は、これからまだまだ大暴れの予感大だ。

関連リンク

2010年 サン・クロレラ クラシック



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