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横田真一 選手会長がシード落ち・・・その屈辱を跳ね除け復活を狙う横田に迫る!

1997年9月、プロ入り3年目のシーズンを迎えた横田真一が、札幌ゴルフゴルフ倶楽部輪厚コースでの「全日空オープン」で、2万人を超える大観衆の声援を受けツアー初優勝。あれから10年・・・。思い出の地、輪厚コースをラウンドしながら、昨年経験したシード落ちのことなど現在の心境を語ってもらった。

もしもゴルフがダメだったら・・・。堅実かつ慎重な性格は子供のころから

――月並みですがゴルフを始めたきっかけは?

「8歳のときに初めて父親にクラブを買ってもらって、小学校の2年生くらいから、父の練習について行ってました。3年生のときにジュニア用のハーフセットを買ってもらい、4年生でショートコースデビュー、6年生で普通のコースデビューをしました」。

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――周囲でゴルフをする友達はいなかった?

「近所の空き地に空き缶を埋めて、クラスの友達とコンペをやっていました。そのころは、釣りも好きだったので、釣りに行くかゴルフをしていましたね。高尾の田舎に住んでいたものですから、空き地ゴルフでは誰にも負けませんでしたよ」。

――ライバルという存在を始めて感じたのは?

「茨城県の水城高校に進学して、そこにいた選手はみんなライバルでしたね。1学年下には片山晋呉宮本勝昌など。彼らよりも上手い先輩とかもいましたから、彼らだけが特別にライバルという感じでもないのですが、彼らには負けたくないと思っていたら、いつも間にか、抜かされるどころか遠くに行ってしまいました(笑)」。

――当時の名門、日大に行かなかった理由は?

「専修大学は授業に行かなければ卒業ができないというシステムなので、もしもゴルフがダメだったら普通に就職もできるようにと思いまして。大学はしっかり卒業しておきたかったので、専修大を選びました。そのころにはプロの試合にもアマチュアとして出場していましたので、プロになりたいと強く思うようになりました」。

――プロ入り後は初優勝まで早かったですよね

「初シードも1年目で取れましたし、初優勝もまわりと比べても早かったですね。その順調すぎたツケが今回ってきているのかなとも思います。温室育ちの貧弱なお坊ちゃんだったような気がします」。

技の引き出しをいくつも持つ横田だが、今後もその技を磨いていくつもりなのか
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