感情と、自らのゲームをコントロールするタイガー・ウッズ
協会が下したライダー・カップ延期措置
アメリカのブッシュ大統領が米軍兵士に「戦争の準備」を命じた週末、「テロリズムに対する最大の防衛術は攻撃だ」とドナルド・ラムズフェルド国防長官は語った。世界中がアメリカ東部で起きた9月11日の惨事に対する報復を誓ったとき、第34回ライダー・カップが今月開催されるのは適切でないように思われた。アメリカとその同盟国が悲しみに暮れる中、ヨーロッパのライダー・カップ委員会は9月16日、今年のライダー・カップを延期し、同じプレイヤーで2002年に開催するというPGAアメリカの要請を受け入れた。
ライダー・カップはアメリカ国内のゴルフファンにとって、最も待ち焦がれられている試合と言える。それぞれ12人で構成されるアメリカとヨーロッパのチーム対抗戦は、9月28日から30日の間、イングランドのサットン・コールドフィールド、ベルフリーにて開催が予定されていた。
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「犠牲者を瓦礫の中から救出したり、あちこちで葬式が行われている中、我々はゴルフをするのか?犠牲者の中には人々を救うために自らの命を犠牲にした警察官や消防隊員もいるというのに」
全英オープンを制したアメリカのスター、デイヴィッド・デュバルは多くのプレイヤーの心情を代弁してそう語る。
主催者側もそう思った。PGAは複数の理由からライダー・カップの延期を決めた。安全が保障されていない、世界中が混乱に陥っている、家族が心配。そして1,500人から2,000人もの大所帯でヨーロッパへ渡ることの危険性。ライダー・カップは、同じチーム対抗戦プレジデンツ・カップとともにスケジュールし直されることになった。関係者は2002年11月7日から10日に南アフリカのジョージで開催予定だったプレジデンツ・カップを、2003年に変更するための詰めの作業に入った。来年の秋、1ヵ月半の間にふたつの大きな国際試合が開かれるという事態を避けるためだ。ライダー・カップについては2011年までの開催地が決まっていたが、すべて一年ずつ先送りにして、これまでとは逆に偶数年にライダー・カップを、奇数年にプレジデンツ・カップを行うことになった。「それが最良の決断だと考える」と、PGAアメリカを代表するジム・アウトリーは語る。つまり、ミシガン州バーミンガムのオークランド・ヒルズで予定されていた2003年のライダー・カップは2004年に延期されることになるわけだが、数々の複雑な問題を生む事にもなる。とりあえず確かなことは、関係者が「ありえない」と語っているようにライダー・カップが2002年と2003年に続けて行われることはないということだ。
4つのハイジャックされた飛行機がニューヨーク、ワシントン、そしてペンシルベニアで激突し、多くの命が奪われた日から2日後の時点では、アウトリーは最高レベルの警備でもって今月ゲームを行いたい、と語った。その後、惨事の影響を見守った。
「決断させたのは、何もはっきりわかっていない、という事だった」とアウトリーは説明する。「世界中で紛争が始まるとささやかれたが、いつ、どこで始まるかは誰もわからなかった。世界中で、ありとあらゆることがエスカレートしている。惨事の被害は大きく、影響力は計り知れない。危険が渦巻く中、両親が海外に飛び立って心配している家族がいる。子どもたちを残して飛び立つときに『私を信じて』と言ったところで、テレビに映し出される現実を目の当たりにしては危ういだろう。たとえ開催したとしても、我々が意図するライダー・カップではなく、アメリカの決起集会のようになってしまう」
アウトリーは、アメリカを早急に平常に戻し前進しよう、というブッシュ大統領の呼びかけに励まされたと言うが次のように言う。
「このイベントは多くのアメリカ人を海外に送り出す事になる。国際航空路線が平常に戻ったとは言い難い。ニューヨークの様子は変わらないし、未だ最高の警備体制が維持されている。こうした要素を合わせると、ライダー・カップの開催は不適切だと考えた。どうしても行くべきだという理由も見つからなかった」
変更後の日程は、2002 年9月27日から29日、ベルフリーでの開催。ちょうど前の週の9月19日から22日には、アイルランドのキルケニーでWGCアメリカン・エクスプレス・チャンピオンシップが開催される。今年と同様、ライダー・カップはPGAツアーのテキサス・オープンと同じ週に行われる事になる。「もし今年の開催地がアメリカだったら、おそらく決行していただろう。いまはアメリカを離れる事が危険なのだ。皆が安全な環境にいられる事が重要だ」とアウトリーは語る。
ツアーは今週から通常日程に戻る。ペンシルベニア、ノース・カロライナ、そしてアイダホで予定通りゲームが開催されるが、これらの試合では数千人の部隊を組んで海外へ行く必要がない。ライダー・カップのアメリカチームの一員であり、PGAツアー政策委員会のプレイヤー・ディレクターであるハル・サットンは「みんな通常に戻りたいが、アメリカ国内に限ってのことだ」と語った。アウトリーは、ライダー・カップの予定通り開催という考えが変わり始めたのは、9月13日の夜だったという。
「世界中で、深刻な事態が始まるとささやかれ始めた。あの夜、真夜中に電話が鳴り、まだ危険な状況だと伝えられた」
9月15日、アメリカ東部時間の午後3時頃、PGAはヨーロッパ側に延期を申し出た。イギリスのPGAチーフ、サンディ・ジョーンズ、PGA欧州ツアー代表のケン・スコフィールドらと話したアウトリーは「まず謝罪した」そうだ。「でも彼らはそれをさえぎって、『謝らないでくれ。君たちの望む決断を支持する』と言ってくれた」
9月16日午前7時頃、ヨーロッパのライダー・カップ委員会が全員一致で支持を表明した。ヨーロッパ側が発表した声明は次の通り。
「我々の手中を越えた事態であるため、ゲームは延期する必要がある」
アウトリーによると、延期によってPGAアメリカは100万ドルの支出を余儀なくされる。契約の破棄。多くはホテルや航空券のキャンセルによるもので、ヨーロッパ側のコストはもっと高くつく。関係者は販売済みチケット、テレビ放映権、旅費、宿泊費など、保険でカバーできる範囲について検討している。1999年にアメリカでライダー・カップが開催されたとき、PGAアメリカは2,300万ドルの利益を得た。今年、PGAヨーロッパは約1,600万ドルを見込んでおり、一部はすでに欧州ツアー、イギリスPGAの予算に計上されていた。商業目的、プレイヤーの恐怖感、イギリス国内でのセキュリティ、そしてプレイヤーをイギリスまで送り込むという事は延期を決める要素ではなかったとアウトリーは主張する。PGAはプレイヤーの心情を把握していたが、決断を下す過程にプレイヤーは参加していない。アウトリーと何度か話しをしたサットンも、決断はPGAがくだしたものであり、プレイヤーではないと語った。さらに、PGAツアー・コミッショナーのティム・フィンチャムも「プレイヤーの姿勢」は考慮しなかったそうだ。アウトリーはこう続ける。
「プレイヤーの多数決をとったわけではない。プレイヤーの心情は我々のとそう変わらない。心配し同情するのと、PGAが頭ごなしに『我々は行く。君達はどうする?』と言うのでは全く意味が違ってくる。我々はそんなやり方はしなかった。プレイヤーのやる気は考慮されていない。最高レベルのセキュリティを保障すると、彼らとその家族には伝えたが、(アメリカチームのキャプテンである)カーティス(・ストレンジ)に『プレイヤーに電話をしてイギリスに行きたいか聞いてくれ』と言ったことはない。我々は、プレイヤーは決断を下す際に参加すべきではないと考えた」
1927年に始まり、2年に一度ずつ開催されてきたライダー・カップは、1939年から1945年の間、第二次世界大戦のためキャンセルされたことがある。ストレンジは延期を「適切な決断」と評し、対抗するヨーロッパチームのサム・トーランスも「常識的に考えて」正しい判断だと語った。フィンチャムは、ツアー側は延期を支持しているとコメント、「海外に飛び立つのはまだ危険で、数え切れないほどのファンやスポンサーのために家族を離れる事は不可能であり、よって予定を変更せざるを得なかった」と語った。
アメリカチームのメンバーであるマーク・カルカベキアとサットンによると、アメリカチームのプレイヤー全員が延期に賛成した。カルカベキアは、名前こそ明らかにしなかったが、4、5人のプレイヤーは断固として行かないと言っていた、と語った。サットンは、多分、奥さんたちは誰も同行しなかっただろうと言った。10年ぶりにライダー・カップの出場権を得て大喜びだったカルカベキアだが、彼もチームメイトも延期と聞いて「ホッと」したそうだ。「父親であるプレイヤーはみな心配そうだった」とサットンは語る。
「もしヨーロッパにいる間に戦争が勃発したら、何ヶ月も家に帰れなくなる」
カルカベキアはこう語る。
「安全が確保されていないことから、数人は全く意欲を失っていた。行きたくない奴らを無理やり連れて行っても、彼らはブツブツ言うだけだろう。
『俺たち、ここで何してるんだ?』ってね。そして誰ひとりとして反論しないだろう。皆、ボーっとしてしまっていたはずだ。どう見ても、誰が勝つかなんて、今はどうでもいいことだ。そんなこと関係ない」
世界ナンバーワンのタイガー・ウッズはすでに、今週末パリで行われているトロフィー・ランコムへの出場を取りやめており、200万ドル以上の出場料を返却したと述べ、自身のホームページに次のように記載している。
「全く正しい決断だと思う。特に報復攻撃が迫っているだけに。ヨーロッパに閉じ込められるような最悪の事態は避けたい」
ヨーロッパのプレイヤーからは、アメリカの対抗選手らより開催を望む声が聞こえた。マッチの決行を求めるスコットランド出身のコリン・モンゴメリーは9月12日、予定を変更する事は「テロに負けること」と語った。また、アイルランド出身のパドレイグ・ハリントンは、平常を取り戻す事が大切と主張。
「ヨーロッパでは何度もテロ事件が発生している。セキュリティを強化することが大切であり、全てをキャンセルすることは出来ない」
延期が決まった後、ライダー・カップ、ヨーロッパチームのルーキーで、スウェーデン出身のピエール・フルケは、多くのチームメイトは決行を希望したが、延期を希望する理由も充分理解出来ると語った。「このような状況下では、唯一の選択肢だったのかもしれない」フルケは言った。「空を飛びたくないアメリカ人にとっては、それしか方法はないだろう」BY JEFF RUDE(GW)