ハイチュウから「チャージェル」へ 森永アメリカの挑戦はMLBから米女子ゴルフにも
◇米国女子◇JMイーグルLA選手権 最終日(20日)◇エルカバレロCC (カリフォルニア州)◇6679yd(パー72)
女子プロゴルファーたちが、子どものように笑って手を伸ばす。「ハイチュウ、ちょうだい!」。大会前の練習日。ひとりの男性スタッフが、カラフルなバックパックをコースで選手たちに配っていた。リュックの中身は日本で誰もが知る森永製菓のソフトキャンディ。実は米国でも、おなじみのお菓子になって久しい。
ハイチュウは2000年代初頭、西海岸の日本食マーケットなどで人気に火が付き、同社は08年にセブンイレブンやコストコなどの小売店を通じて米国の製菓市場に本格的に進出。その名が一躍広がったきっかけのひとつがプロスポーツだった。
2009年から7シーズンにわたってMLBボストン・レッドソックスでプレーした田澤純一投手が当時、ブルペンに差し入れた日本のお菓子が選手やスタッフの間で好評を博した。中でもハイチュウは味もさることながら、以前メジャーリーガーの多くが好んで口に入れていた、かみタバコやヒマワリの種に代わるものにもなった。
需要の高まりを確信した森永製菓はその後、販売網を開拓すべく他球団にもアクションをかけた。スーパーマーケット「ターゲット」の本部があるミネアポリスをホームタウンにするミネソタ・ツインズ、ドラッグストアチェーン「ウォルグリーン」が本社を置くイリノイ州のシカゴ・カブス…といった具合に、大型小売店の本拠地がある地域のチームと連携することで注目度を高めた。販売エリアはいまや全米の約80%をカバーしている。
多くの人に愛されるようになったハイチュウをフックにして、同社が次に展開を目論むのが2022年に立ち上げた新商品「Chargel(チャージェル)」である。日本では「Inゼリー」というゼリー飲料が広く浸透しているが、米国ではこういった商品が市場にほとんどなく、「のどの渇きを癒やすスナック」というコンセプトでスポーツを軸としたシーンに普及を図っている。
“ハイチュウ開拓時代”と異なり、近年はインターネット販売で多くのリピーターを抱えている一方で、さらなる拡大を求めて目を向けたのがゴルフだった。ラウンド中の補食用に、ゼリー飲料を持ち歩くプロゴルファーは多くいる。しかし、それは日本での話。米国ではバナナなどの果物、バーなどのスナック菓子が、もぐもぐタイムの定番だ。
同社はその現状に活路を見出す。今回、ツアー会場で選手にプロモーションをかけたのは、ハイチュウのブランド力を通じたチャージェルの認知向上につなげる狙いがあった。同社の河辺輝宏・米国事業総代表兼森永アメリカ代表取締役社長&CEO は「ハイチュウのターゲットはプロゴルフの選手たちの年齢層と非常にマッチしています。たくさんの方に『チャージェルもハイチュウの森永なの?』と知っていただきたい」と話す。ツアーを代表する選手たちが今週、キャンディを受け取るなり大喜びする姿を見れば、取り組みはポジティブなものと捉えられる。
実際のところ、ツアーでのチャージェルの展開についてはまだテストケースに過ぎない。マーケットの潜在的なニーズを探っている段階だ。「(ビジネスツールとして)確立する時期としては尚早で、消費シーンの把握や、お客様のフィードバックを踏まえた上で次のフェーズに入っていくつもりです」(河辺社長)
物事を慎重に進めるのは、同じ商品であっても、日米で受け取られ方が異なることを知っているからだ。「そもそもキャンディも、日本とアメリカの人々の中での位置づけが少し違うという印象を受けています。日本でキャンディというと、本来のおいしさを味わうものとは別に、少し“シリアス”で、のどが痛い時や、何も食べられない時に口に入れるものというイメージもある。一方、アメリカではキャンディはとにかく楽しいもの。キャンディをもらうこと自体が、おもちゃを買ってもらった時のような、喜びが湧く感覚を持たれている。背景にはハロウィンやイースターの文化があるのでは。期待度の種類が国や地域によって異なるのです」
目下のチャージェルについても、さっそく国民性による印象の違いを感じる場面もあるそうだ。「“inゼリー”は日本で、『10秒チャージ』 というキャッチフレーズで多くの方に知っていただきました。しかしアメリカでは『容器にせっかくフタ(キャップ)が付いているのに、なぜ10秒で飲まなきゃならないんだ』という反応もあったんです(笑)」
新商品を誕生させるやいなや、大々的に広告を打ち出すような手法はあえて取らない。その前にやるべきことがある。「小さいものを一つひとつ積み上げて、大きく成長させていく、日本企業らしいアプローチをしていきたいのです」。背景には10数年前、プロスポーツと丁寧な市場調査を介した先の成功体験がある。(カリフォルニア州ロサンゼルス/桂川洋一)
桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール
1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw