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アルフレッド・ダンヒル・リンクス選手権: 聖地に勝る場所はない

今週末のアルフレッド・ダンヒル・リンクス選手権がスコットランドで最も格式の高い3つのリンクスコースで開催されるにあたり、europeantour.comでは、そのスリルと感動あふれる大会を前に、スコットランドの地に於けるゴルフの歴史について紐解いてみようという思いに至った。

ゴルフの原初は、既に13世紀後半にオランダでプレーされていたという向きもあるが、今日、我々の間に広く知れ渡っているこのスポーツは、その更に200年後に、ここ「ゴルフの聖地」で始まったとされている。

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1457年にスコットランドの国会にてジェームス2世国王により、軍隊の訓練としてのアーチェリー振興の妨げになるという理由で、ゴルフ(当時スコットランドではgowfと表記された)はフットボール(今日の日本で言うところのサッカー)と共に禁止された。しかしその50年後、熱烈なゴルフ愛好家であるスコットランドのメアリー妃によりその禁止は解かれた。

そして時が過ぎ、正式なルールも選定されたゴルフは現在の形となり世界中でプレーされている。現在のルールの元となったものは1744年に、のちにザ・オナラブル・カンパニー・オブ・エジンバラ・ゴルファーズとして知られるザ・カンパニー・オブ・ジェントルマン・ゴルファーズによって形成され、その書面は現在もスコットランドの国立図書館に保管されている。

リース・リンクスでプレーされたことから「リース・ルール」と名付けられたこのルールには、「ボールは地面からティアップされなければならない」そして「ひとたびティオフされたボールをその後変更してはならない」という、現在のゴルフのルールの原型が記されている。

ゴルフは何十年もの間スコットランドを中心にプレーされてきたが、その後、王室が国境の北側に於ける生活に心血を注いだこともあり、観光に火がき、そして1850年代に入り、ビクトリア妃とアルバート王子により、ゴルフを含むスコットランドの様々なものへ興味の促進を図るためにバルモラル城が建設され、ゴルフは瞬く間にイングランド全土へとその人気を広げていった。

1880年までにイングランドには12か所のゴルフコースが建設され、その7年後にはその数は50コースにまで増え、1914年には1000を超えた。このブームは大英帝国の統治する各地にも広まり、19世紀の終わりまでにアイルランド、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、南アフリカ、そしてシンガポールにゴルフクラブが設立された。
そして、その後ゴルフは歴史を刻んでいく。ゴルフ人口は増加し、その最大のトーナメントとして1860年に第1回の「全英オープン」がスコットランドのプレストウィックGCで開催され、ウィリー・パーク・シニアがその初代王者に輝いた。

これに続き、1895年には「全米オープン」が、1916年には「全米PGA選手権が」、そして1934年には「マスターズ」が開催され、それぞれの世代でゴルフは発展し現在のものとなった。

そしてゴルフの歴史の中で、今週の舞台となるセント・アンドリュース、カーヌスティ、そしてキングスバーンズの3つのコースはそれぞれの役目を演じている。以下はそれぞれのコースの歴史である。

セント・アンドリュース オールドコース

「ゴルフの聖地」として知られるセント・アンドリュースのオールドコースは、15世紀より多くの人々によってプレーされてきたと言われている。このコースはダウ・アンダーソンとオールド・トム・モリスの2人の建築家により進化を遂げてきた。オールドコースのレイアウトは現在のゴルフコースの原型だ。元々は22ホールあったコースだが、スタートからの4ホールとあがりの4ホールは会員によって短すぎるとされ、それらが繋げられて現在の18ホールによるコースの原型となった。

1863年にオールド・トム・モリスが、ロードホールとして知られ、現在では難所として悪名高い17番ホールの第一グリーンを切り離したことにより、今日のチャンピオンシップ・レイアウトが完成を見た。

1873年以来、オールドコースは28回全英オープンを開催しており、最近ではルイ・ウーストハイゼンが7打差で優勝した2010年に使用されている。また1985年から2000年までは、現在アルフレッド・ダンヒル・リンクス選手権として知られる、国別チームトーナメントのアルフレッド・ダンヒル・カップが開催された。

カーヌスティ・ゴルフ・リンクス

記録によると、カーヌウスティでは16世紀初頭からゴルフがプレーされたとある。そして1890年に地元の権力者により資金が集められ、当時この地の所有者であった第14代ダルハウジー伯爵からこの土地を買収した。

1842年の開場以前、アラン・ロバートソンとオールド・トム・モリスによりデザインされ、現在では曲がりくねったバリーバーンで有名なこのコースは、元々10ホールのコースであった。その後、海岸沿いにダンディーからアブロースにかけて敷かれた鉄道により大勢のゴルファーの流入があったため、1867年、モリスによりコースは現在の18ホールに拡張された。

ジェームス・ブライドにより修正が加えられたカーノウスティ・チャンピオンシップコースは、1931年に初めて全英オープンを開催し、トミー・アーマーが優勝を飾った。それ以来、このコースはヘンリー・コットン(1937年)、ベン・ホーガン(1953年)、ゲーリー・プレーヤー(1968年)、トム・ワトソン(1975年)、ポール・ローリー(1999年)、そしてパドレイグ・ハリントン(2007年)という様々な歴史的王者を生み出した。

キングスバーンズ・ゴルフ・リンクス

高名なマーク・パーシネンとカイル・フィリップスによって2000年にデザインされた、アルフレッド・ダンヒル・リンクス選手権3つ目のコースであるキングスバーンズは、他の2つのコースに比べるとまだ赤子のようなものだ。

しかし、このコースを組織する協会の歴史は、キングスバーンズ・ゴルフィング・ソサイエティが誕生した1793年にまで遡る。この土地は1850年までカンボ・エステートから借用するかたちでゴルフコースとして使用されていたが、その後、元来の用途であった農地に戻された。

1922年にウィリー・オークタロニーによって9ホールのコースとしてレイアウトされたが、1939年に戦争のため、再度農地に戻された。現在、その景観はスコットランドで最も美しいコースのひとつとして知られており、ゴルフ・マンスリーが選ぶ英国とアイルランドのトップ100コースでは8位に輝いた。

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