ツアー選手権 2日目リーダーボード
マシュー・フィッツパトリックのこだわり抜いたカスタムパターの裏話
「全米オープン」王者、マシュー・フィッツパトリック(イングランド)は、自分の打った全てのショットに関する複雑なスタッツをスプレッドシートに入力するくらい、細部への強いこだわりを持っている。ゆえに、彼が自分に完璧にフィットするパターを見つけるのに30本のプロトタイプを要したと聞いても、驚きはしない。
これは、フィッツパトリックがどのようにしてベティナルディのカスタムパターを手に入れたかについてのストーリーである。このカスタムパターは10年間、バックアップの入手できなかったパターをベースにしていて、「全米オープン」制覇、そして「ツアー選手権」初出場を手助けした。今週はフェデックスカップのランキングを15位としてシーズン最終戦の「ツアー選手権」へ臨み、首位のスコッティ・シェフラーと7打差でスタートした。
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フィッツパトリックは16歳の時に、Yes!ゴルフトレーシーIIを使い始めた。独特のC型溝構造で知られたパター。C型溝は下向きの半円の溝で、グリーン上で順回転を生み出すために設計された。レティーフ・グーセンがこのYes!パターを使って「全米オープン」で2勝したことは有名な話であり、フィッツパトリックもトレーシーIIを使用して2013年に「全米アマチュア選手権」を制覇している。
プロ転向後もしばらくこのパターを使い続けていた。別のパターに乗り換える気はさらさらなかったが、深刻な問題に直面した2016年までの話だった。バックアップのパターを入手するため信頼できる入手元が必要になったのだが、Yes!が2010年に破産。その翌年にアダムスゴルフに買収されたことで難しくなった。Yes!ゴルフから直接購入する道が絶たれたフィッツパトリックは、代わりのパターを探し出すため、ネットオークションをあさり始めた。
現在のベティナルディゴルフの副社長であるサム・ベティナルディが救いの手を差し伸べたのは、ちょうどその頃のこと。ベティナルディゴルフは、フィッツパトリックがプロ転向前に1学期だけ在籍したノースウェスタン大にほど近いイリノイ州ティンリーパークに本社を置くパターメーカーであり、フィッツパトリックの探し求めていたパターをカスタム製造できる機器が備わっていた。
ベティナルディに必要だったのは、それをフィッツパトリックへ伝える手立てのみだった。共通の友人がこの2人をつなぐ重要な仲立ちとなった。
「友人に『そうだ、確か君はフィッツパトリックとゴルフをプレーしたことがあったね。我々は彼にとって、完璧な仕事仲間になれると思うんだ。我々は彼の望むパターを作ることができる。我々だったら、望み通りの物を作れる』と言ったんだ」とベティナルディはGolfWRXに語った。「そうしたら、彼は『そうだね。それは良い考えだね、サム。ただ問題は、マットが絶対にパターを変えないところだ。彼は16歳からずっと同じパターを使っている。でも、僕は喜んで君を彼の父親に紹介するよ』と言ったんだ」
この会話を機に、ベティナルディは最初の一歩を踏み出した。そして、ついに連絡を取るとフィッツパトリックが新しいパターを欲しがっていないことが明らかとなった。彼は自分の使うYes!ゴルフオリジナルのレプリカを欲したのである。
「マットと話し始めて、『もし、僕の(Yes!ゴルフトレーシーII)とそっくり同じ物を作ってくれたら、僕は貴方のパターを使う。僕は必要に応じて微調整を行ったり、バックアップを作ってくれたり、何か変えたいときに変更してくれる人が必要なんだ。信頼の置ける会社に依頼したいのだけど、そっくり同じ物でなければ駄目なんだ』と言うのが会話の前提だった」とベティナルディ。
ただ、その時のベティナルディは、フィッツパトリックの手と目の感覚がどれほど正確かは知らなかった。フィッツパトリックには、自分の必要な物がはっきりしており、実際にそれを手にするまで妥協するつもりはなかった。
「我々はそのYes!トレーシーIIを手に取り、酷似した6本のパターを作った」とベティナルディ。「2017年のことだった。彼は『君たちは近いところまで行っているけれど、フィーリングが違うんだ。こことあそこを変えて』という感じのことを言ってきたんだ。それで、我々はさらに6本のパターを作ったのだが、彼は『おお。これは近い。でもオフセットが正しくない。同じオフセット、そして完全に同じ重さの物が欲しいんだ』と言った」
フィッツパトリックの要求は、ベティナルディや彼のチームが当初考えていたよりも難しいことが判明した。「10年間で一緒に仕事をした選手の中で、マットは最も目の肥えた選手のトップ3に入るね。私は、彼が重箱の隅をつつくようだと言っているわけではないんだ。目が肥えていると言ったのは、彼が間違いなく世界の五指に入るパターの名手だから。彼は自分の望む物をはっきりと把握している。そして、オフセットがわずかばかりずれていても、あるいは1グラム重量が違ったとしても、彼には分かるんだ」
その後、プロトタイプパターを作ること30本、ついにフィッツパトリックのお眼鏡にかなう代替パターが出来上がった。「これはかなりタフなプロジェクトだったけれど、大体30本ほどパターを作ったところで、ようやく彼に『そうだね、僕はこれを実戦投入するよ』と言わしめるパターが出来上がったんだ」と、ベティナルディは説明した。「確か、彼は2018年に短期間、このパターを実戦で使用したはずだね。そして、再び2021年に実戦投入し、この年はシーズンの大半で使用したんだ」
2022年、このカスタムパターを使ってキャリアにおける最大のタイトルとなった「全米オープン」で優勝。その舞台は2013年にYes!ゴルフのパターを使用して優勝した「全米アマチュア選手権」と同じコースだった。なぜ、そこまでC型溝を好むのか?-この疑問について、彼は23日に「どんなミリング加工であれ、僕が普通のブレード型パターで打つと、パターから速く打ち出される感触がするんだ。僕のは少しソフトなんだ」と答えてくれた。
「ただ、それだけではなく、僕が通常のフェースのパターで打つと、フェースでかなりスライドするように感じるんだ」と加え、さらに「もし、僕が完璧な形で打てなかった時、(通常のフェースでは)狙いとは別の方向へスライドするように感じる。僕の持っているC型溝だと、断然良い感じでオンラインに転がり出すフィーリングがするんだ」と続けた。
長く、複雑なプロセスを要したとはいえ、その過程でベティナルディゴルフはC型溝の成功にある背景など、先にあったテクノロジーにより会社を向上させる新たな学びの機会を得た。
「(Yes!ゴルフの)C型溝は、特定の角度で削られていて、我々はそれを研究することで、この溝がより速く前方への回転、あるいは順回転を生み出すことが分かった。我々はこれを取り込んで完成させ、現在我々のイノバイとスタジオストックのシリーズに搭載しているロールコントロールフェースに導入したんだ。つまり、我々はC型溝を打感の理由で向上させ、我々の精密な機器テクノロジーを使って溝を少しシャープにしたんだ。我々にとって最も良かった点は、会社がすでに倒産し、C型溝の特許権が失効していたことだった」
フィッツパトリックは現在、Yes!ゴルフトレーシーIIパターを使っていた16歳の頃と全く変わらない自分の好み通りに作られたベティナルディのカスタムパターを使用している。かつての彼は、間違いなく2022年に遂げた自身の達成を誇りに思うことだろうが、カスタムパターにも同じ思いを抱くことだろう。
(協力/GolfWRX、PGATOUR.com)