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「たかがゴルフだ」がんサバイバー ダーメンの信念

ジョエル・ダーメンは2011年に精巣がんが発覚し、戦いの場から一時離脱した。早期発見が功を奏しその後カムバックすると、17年からPGAツアーに参戦。そして今年3月に待望の初優勝を飾った。

選手自身が執筆するスペシャルコラムシリーズは今回、ダーメンが筆を執り、苦しい時期を共に分かち合ってきた家族との絆を明かした。

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“がん家系”に生まれて

今思えば2021年の初めは、必ずしも良いプレーができていたわけではなかった。年始から7試合のうち6試合で予選落ち。それでも僕は不思議とその状況を楽しんでいた。おかしく思うかもしれないけれど、しばらくゴルフで“苦戦”した経験がない。PGAツアーのここ3、4年も楽しくて、比較的安定していると考えている。

この楽観思考は僕が歩んできた人生からきている。2005年に母親をがんで亡くし、兄も2009年にがんが見つかった(今は治癒している)。僕もその2年後にがんと診断され、自分の歩んでいる道を立ち止まらざるを得なかった。

当時はプロ入りしたばかりで、これからという時だった。人間にとってはどんな瞬間もいかに貴重かということが身に染みた。今となっては、自分が置かれている立場、美味しい食事や素晴らしいゴルフコースといった些細なことにも感謝せざるを得ない。楽しくない時間に対しても感謝することを学んだ。多くの人にとって、人生でチャンスをものにする機会は1度か2度しかない。

がんの発覚で目が覚めた。あの経験によって、それから大変なときを大変だと思わなくなったし、ゴルフで生死が決まるわけじゃないと考えるようにもなった。僕は、がんで生死をさまよったのだから。ボギーをたたくこと、3パットをするのは僕らにとってはダメなことだけど、世間一般では問題ではない。僕は負けず嫌いで、ストレスもたまる。でも眠るときには「たかがゴルフだ、きっと大丈夫だ」と思うんだ。

父はシングルハンディキャップのゴルファーで、世界中のゴルフの本を持っていたし、自宅にはあらゆるトレーニング用の器具をそろえていた。

母親も上手だった。教師だったので夏休みになるとミニバンで色々な所に旅に出た。彼女は試合に必ず来てくれて、試合の詳細をメモしていた。僕が良いプレーをしたときには、スターバックスのお菓子を買ってもらえた。車での旅、素敵とは言い難いホテルに泊まったことも、ときに夜通し運転したこともぜんぶ覚えている。

3月の「コラレス・プンタカナ・リゾート選手権」でPGAツアー初優勝をして夢が叶った。感情があふれ出た。ずっと自分の頭の中で描いていたことのひとつで、最後のパットがカップに入った瞬間のことは、もう覚えていない。

パートナーがくれた200ドルが運命を変えた

奥さんや子どもたちがグリーン周りにいて、優勝したときに選手とハグをするシーンが僕のお気に入りだ。最高の瞬間だよ。僕にとってあの試合はPGAツアー111試合目で、そろそろ「優勝」が必要な時期に来ていた。自分の頭の中でどれほど意識していたかは分からないけど、実現しても良い時期だったと思う。

妻のローナも一緒に優勝を分かち合うことができて本当に良かった。彼女はこの僕の長い旅路を一緒に歩んでくれた。ローナは最高の人間で、僕の人生で彼女に出会えたことはとても幸運だ。

出会った当時、僕はミニツアーでプレーする駆け出しのプロだった。ローナは家計をやりくりし、2つの仕事をしていた。彼女が家賃を払ってくれて、食事を作ってくれていた。彼女は朝起きて、毎日仕事に行きたいわけでもないのに仕事に出かけ、帰宅してまた夜に仕事に出向いてくれた。1週間に70時間も働いてくれて、それで僕はゴルフをすることができたんだ。彼女なしでは、今の自分はない。

彼女は僕のお尻をたたいてくれた。2014年の1月、5年連続でPGAツアーの予選会、第2ステージで落ちて落ち込んでいた僕に、彼女は200ドル(約2万2000円)を手渡した。「ジョエル、何をしようと気にしないし、ゴルファーだろうが、皿洗いをしていようが気にしない。でもソファに座って何もしないというのはダメ。あなたはゴルフが上手なんだからゴルフをしてほしい。あなたが見つめるべき道はゴルフよ」

僕はそのお金で、ユタで有名なスコット・サケットというコーチのところに行った。その翌週、優勝した。そして2週間後もまた優勝した。3カ月で5万ドル(550万円)稼いで、その年の夏にカナダに向かい、カナダで初めて出た試合でも優勝し、賞金ランキングでもトップに立った。それからスコットとは会っていないし、あれがいわゆるレッスンだったかどうかも定かではない。ただ、目が覚めてソファから起きた僕の問題だったのか、不思議だった。

別れの時はピザとビールで

キャディのジーノ・ボンナーリも僕のキャリアには不可欠な存在だ。小さい頃からの親友で、僕たちの結婚式の司会も務めてくれた。彼は長い時間、努力をしてくれて、奥さんや2人の子どもたちと離れて生活することも多く、犠牲にしたこともたくさんある。

ジーノと僕はカナダで2014年の夏にコンビを組み始めた。僕が賞金王になって下部コーンフェリーツアーのシードを獲った夜に、メールをくれたんだ。

彼は「僕がPGAツアーに行ってからペアを組むのはイヤだ」と言った。PGAツアーにたどり着くまでの道のりを一緒に歩きたいと思ってくれた。キャディが賞金の高いPGAツアーで選手のバッグを担ぎたいと思うのは当然だが、彼は覚悟を決めて下部ツアーで僕とスタートを切ってくれるという。

僕はしばらく彼に連絡しなかった。「最初の2カ月は、家族のために十分稼げないからやらない方が良い」と伝えた。それでも彼は「やる」と言ってくれた。僕の頭にあったのは、彼を雇ったら、いつかクビにしなくてはいけない日が来るということだ。親友をクビにしたくなかった。そう彼に伝えたら「クビにしたらピザとビールをおごってくれれば良い」と言ったんだ。それでタッグを組み始めた。最高の決断だった。

10年前にプロ転向してから、カナダからコーンフェリーツアー、PGAツアーへとステップアップしてきた。やり続けていれば、きっと素晴らしいことが起きる。他のことでもステップアップできる。精神面も強くなる。初優勝には大きな意味があるし、やればできると分かったからには、これからもっと大きな大会で勝ちたい。最終日のあの感覚はやめられない。アドレナリンがあふれて、みんなが祝福してくれるあの感覚は何にも代えられないんだ。

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情報提供:PGA TOUR

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