ゴルフは「オープン」なのか/実況アナ点描
2019年 全英オープン
期間:07/18〜07/21 場所:ロイヤルポートラッシュGC(北アイルランド)
ローリーが飲んだ試合後のビールの味
68年ぶりに北アイルランド開催となった「全英オープン」は、地元出身のシェーン・ローリー選手(アイルランド)の圧勝劇で、幕を閉じました。
今大会は雨が降り続き、風も強く吹くなかでの過酷なコンディション。対プレーヤーより対コースの要素が強く、飛距離より安定感が求められる状況でした。まさに、リンクスのイメージそのままの厳しい大会。そんななかでも、もっとも普段通りに淡々とプレーできていたのは、ローリー選手でした。
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プロは少なからず誰もが取り組んでいる課題をもっています。コンディションが良いとそれがあまり表には出ませんが、過酷な状況下では不安要素が頻繁に顔を覗かせます。必要以上にワッグルを繰り返したり、アドレスが決まらなかったり、コースと戦う前にスイングと格闘してしまう選手が大半。逆にローリー選手は誰よりも自然体で、誰よりも同じテンポでアドレスに入り、ショットを打ち続けていました。
では勝因は、彼のハートがもともと強いから? 地元の声援があったから? と考える人は多いと思います。ですがどちらも当てはまらないと思えるのが、大会初日の前日の出来ごと。ショットの不調からか不安で居たたまれなくなったローリー選手は、宿泊先のホテルにコーチであるニール・マンチップ氏を呼び出すほど、精神的に安定していなかったようなのです。
マンチップ氏は、ローリー選手がアマチュア時代に出場した世界大会でのアイルランド代表コーチでした。付き合いは10年以上で、大きな信頼を寄せていました。彼からのアドバイスは、技術的なものではなく、試合で起こりうるあらゆる可能性を一つひとつ挙げていくというものでした。
想定できることを事前に可視化することで、実際に起こった時に慌てず冷静に判断できることが目的だったと思われます。そこで二人が出した結論は、「目の前の一打に集中する」というシンプルなものでした。「地元で散々な結果を出そうが、メジャーで恥を晒そうが、試合が終われば次の試合が待っている。変わることは何もない。試合後いつものように一緒にビールを飲む。だから試合中は目の前の一打に集中しよう」というのが、彼らが出した結論だったというのです。
この気持ちの整理が功を奏したのか、初日から好スタートを切り、3日目終了時点で2位と4打差をつけての首位に立ちます。再び不安を抱いたローリー選手は、最終日の前夜はなかなか寝つけなかったといいます。そして迎えた早朝にマンチップ氏と川沿いを散歩しながら、「きょう(最終日)もいろいろなことが起こるけれど、目の前の一打に集中しよう」と話をしたそうです。
選手によって好結果につながるためのアドバイスは千差万別。いろいろなアドバイスを聞き、好転することもあれば、マイナスへ向かってしまうケースもあります。共通して言えることは、意外ときっかけはシンプルであること。他者が聞くとそれしきのことと思える内容でも、大きな心の支えになることが多いのです。
「初優勝した09年の『アイルランドオープン』の時も、仲間うちのコンペの時も、状況はすべて一緒だよ。いつものように試合を終えて、いつものようにビールを飲もう」。コーチの言葉によって、精神面もプレーもいつもと変わらず、安定感を出せたローリー選手。ただ、彼が飲んだ試合後の一杯だけは、最高の味に変わったことでしょう。(解説・佐藤信人)
- 佐藤信人(さとう のぶひと)
- 1970年生まれ。ツアー通算9勝。千葉・薬園台高校卒業後、米国に渡り、陸軍士官学校を経てネバダ州立大学へ。93年に帰国してプロテストに一発合格。97年の「JCBクラシック仙台」で初優勝した。勝負強いパッティングを武器に2000年、02年と賞金王を争い、04年には欧州ツアーにも挑戦したが、その後はパッティングイップスに苦しんだ。11年の「日本オープン」では見事なカムバックで単独3位。近年はゴルフネットワークをはじめ、ゴルフ中継の解説者として活躍し、リオ五輪でも解説を務めた。16年から日本ゴルフツアー機構理事としてトーナメントセッティングにも携わる。