“重い”日本のゴルフへの思い/石川遼インタビュー ゴルフ未来予想(1)
LIV騒動と試合数最少の日本ツアーに思うこと/石川遼インタビュー ゴルフ未来予想 (3)
32歳の石川遼が人生の半分に及ぶプロ生活で、日本のゴルフ界に多大な影響を与えてきたことは疑いようがない。ゴルフの将来を見渡した2024年の新春インタビューは全3回の最終回。これまであえて言及してこなかった欧米ツアーとLIVゴルフとの対立の構図、そして、今年キャリアで17年目のシーズンを迎える日本男子ツアーについて語った。(聞き手・構成/桂川洋一)
LIVゴルフの誕生から見えたもの
2022年6月にスタートしたLIVゴルフは、サウジアラビア政府系の資金をバックに新たな競技フォーマットやスタイルを提案してきた。男子プロゴルフ界に一石を投じたと言えば聞こえがいいが、この2年に満たない期間中、欧米ツアーも含めて耳障りな醜聞が飛び交ったのも事実。この喧騒に「ちょっと生々しい、生々しすぎて…」と石川は言葉を濁す。
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昨夏に突然、和解の話が出たかと思えば、年末には「マスターズ」の現王者ジョン・ラーム(スペイン)が電撃移籍するなど混迷から抜け出せていない。
現状を眺め、石川は「なんだか他人の家の中の話をしている感じに聞こえちゃう。『オレはLIVを選んだ』、『オレはPGAツアーだ』というところで、この選手はこういった価値観でこのツアーを選ぶのかというのが分かってしまう感じ。(移籍金や賞金の)金額的には生活感のない額の話なんですけど、なんだかそういうのが見えてしまって」と語った。
「僕個人はゴルフをやってなければ、当然ここにはいない。ただ、プロとしてゴルフをやっている姿に対して応援してくれる人がいる中で、そこ(それぞれの人生の価値観)は別に知りたくないというファンの人は、いっぱいいると思う。好きな選手を選ぶにあたって、それを判断基準にしたくないと思うんですよ」
PGAツアーを“頂点”にした男子ゴルフ界の均衡は突如として崩れた。庶民からすれば天文学的なマネーゲームとゴルフ場の外でのトラッシュトークによって。一度は誓った“忠誠”なるものも、時間が経てばポイ捨てOK!
「もちろんキレイごとばかり言っていられる人生じゃないのはみんな同じ。でも人生における優先順位や基準って、それぞれの人の価値観に基づいている。だからそれが見えちゃっている状況が生々しい。これまではゴルフのプレースタイル、要は舞台上の姿でみんな判断したわけじゃないですか。“プレーじゃなさすぎる”、パーソナリティまでがめちゃくちゃ出た(表面化した)。だから僕はこの話からあえて距離を置きたかった」
新フォーマットへの評価は
ところで、LIVから石川自身へのオファーはなかったのか。「うーん」と苦笑いして、否定も肯定もしなかった。しかしながらこれまでの経緯で言えば、2年前から選択の機会があり、既存の欧米ツアーへの挑戦ルートを選んだことは明白ではある。
多くの選手が賛同してきたように、石川もLIVのコンセプトには一定の理解を示す。個人戦だけでなく団体戦も並行して実施。場内に大音量で音楽をかけたり、72ホールで争うのが通例だったプロゴルフを54ホールにしたりと、さまざまな改革への志の高さは否定できない。
「ボクシングって“王座統一戦”の形で、違う団体のチャンピオン同士が当たる。だから、ゴルフもそうなるのかなと思ったんですよね。LIVのチャンピオンとPGAツアーのチャンピオン、どちらが強いんだとなったら、それは面白いんじゃないか。ゴルフのひとつの楽しみ方として、選手にファンも付くだろうし、そのツアー団体自体にもファンが付く」
「例えばサッカーのチャンピオンズリーグで(イングランド)プレミアリーグとスペインのリーグが当たることがある。『オレはこの国のリーグのサッカーが好きなんだ』という見方をする人もいる。普段から好きなプレミアのチームが、同じリーグの別のチームに負けて、スペインのリーグのチームと決勝でぶつかった時『やっぱりプレミアのサッカーはイイよね』ともっと応援したいと思う人もいるでしょう」
現在の混迷の時間は明るい将来のための過渡期にあるからこそと信じたい。「僕は静観しているが、面白い方に行ってくれたらいいなと思います」
2024年の日本男子ツアーは史上最少の23試合
日本ゴルフツアー機構(JGTO)は昨年12月、今季の試合日程を発表した。前年度より3試合減の23試合はこれまでで最も少ない。賞金王に輝いた中島啓太をはじめとする新世代が台頭したにもかかわらず、ツアーはいっそうの危機に瀕している。
「大会を開催してくださっている方、ツアーの現場で見守って応援もしてくれている方と、世間の評価とのラインの多少のズレ、ギャップがある。選手が一番盛り上がっていて、キャディさんや、普段から選手に携わる人、メディアの人…と徐々に盛り上がりを感じてもらえているはずだけど…」
「ただ、世間からの評価基準が厳しくなっていると思う。選手は無我夢中で目の前の一打を打っていて、その姿は昔も今も変わらない。バチバチやっていて、本当にいい試合ばかりなんです。『あいつヤベえな、うめえな』っていう選手ばかり。ただ、それが世間に分かりやすく伝わりにくくなっている。日本の男子ツアーもそうだし、PGAツアーもそうだと思う」
「タイガー・ウッズやジャンボ尾崎さんが、年間7勝しました、8勝しました…という時代(ウッズは2000年に9勝、尾崎は96年に8勝)があって、そのズバ抜けた強さが注目された。じゃあ今の選手が全員ヘタになったのか、というとそれは逆。PGAツアーも全体のレベルが上がっている。ロリー・マキロイがあれだけスゴイ選手だと言われても、毎試合で1位になるのは難しい世界。日本もそうなんです」
実力者がそろってきたからこそ、スーパースターを見つけにくい。それでも目を凝らせば、快挙と言えるものも少なくない。
「啓太は賞金王になりました。それだけでなく、最終日最終組が23試合で9回という数字はめちゃくちゃズバ抜けていて、偉業だと思う。選手の中ではそれがすごいことだと認識しているが、ゴルフファンに分かりやすいかというところがすごく難しい」
「久常涼くんの欧州ツアー優勝、ルーキー・オブ・ザ・イヤー(新人王)も偉業で、もっと盛り上がってもいいんじゃないかなって。でもそれ(盛り上がりに欠けるの)が、誰の責任かというのがちょっと分からない。(松山)英樹がマスターズで優勝した時(中継局の)TBSさんをはじめとして、民放の朝の番組で報道されたら、盛り上がっていくじゃないですか。誰が見てもスゴイという分かりやすさのハードルが今、めちゃくちゃ高い」
「軌道に乗っていけるもの」の在りかは
尾崎の黄金期、ウッズの最初の全盛期とは違い、日本でもプロスポーツ選手、団体があらゆる種目で増えた。人々の興味は細分化され、ネット社会がそれをいっそう加速させた。
「ゴルフファン以外からも分かる構図であることが必要」と石川は言う。「個人的には選手のスタッツ(データ)が宝だと思う。ゴルフは野球と同じで、そこが面白い。例えば、野球のホームラン王は、ゴルフで言うドライビングディスタンス1位に近いかもしれない。パワーはそれくらいの破壊力がある。ずっと“ドラディス”1位の河本力がPGAツアーに行きます、となったら『日本のホームラン王がメジャーに行ったらどうなる?』という興味でゴルフを見られるかもしれない」
「サッカーの方が本来、データを取りづらいはずなのに。評価も(記者らの主観的な)点数でつけられたり…。ゴルフはスタッツを取ることへの投資は惜しまない方がいいと思う。そういう見せ方が分かりにくいというか、分かりやすくする努力を誰がどうやってやればいいのか…」
欧米の男子ツアーは何年も前からデータの蓄積に積極的に投資し、ファンに新たなプロゴルフの見方を提供し、ツアーへの注目を高める好循環を生んだ。隣の芝--で言えば、日本の女子ツアー(JLPGA)にも近年、その機運の盛り上がりがある。JLPGAは2022年シーズンを前に放映権の帰属化を断行し、海外のトップツアーでは“当たり前”になっている、ネット中継やSNSを活用した映像戦略を必死に推し進めている。対してJGTOはどうか。
「権利の問題が…もうどんな議論しても結局は権利がまとまらない。JリーグもYouTubeで試合の映像を使って『あのジャッジは正しかったのか』という検証する番組があったり、年間のベストゴールやハイライトを作ったりしている。PGAツアーももちろんそう。業界に流行の火が付いたときに、軌道に乗っていけるようなものを持っている」
エンジョイ層のゴルフも、プロゴルフも、日本にはまだ取り組むべきことが多そう。「僕はゴルフの可能性はすごいと思うんです。もっと試行錯誤すべきだし、やるべきだと」。石川遼はそう信じて疑わない。