ミレニアムに新世代…女子ツアー若手の台頭をベテランはどう見た?
ミレニアム世代の源泉は何か? 「惨敗」が招いた育て方の大転換
トップジュニアらの育成を担う日本ゴルフ協会(JGA)は5年前、ある変革に踏み出した。きっかけとなったのは、国際大会でのナショナルチームの敗戦。英国生まれ豪州育ちのガレス・ジョーンズ氏をヘッドコーチに招へいし、ショートゲームやコースマネジメントの重要性を選手らに徹底的にたたき込んでいった。
ジョーンズ氏の薫陶を受けて成長してきた第一世代が古江彩佳、西村優菜、安田祐香、吉田優利ら2000年度生まれのいわゆる“ミレニアム世代”だ。決して恵まれた体格とは言えない彼女たちは緻密なコース戦略を練りながら、プロの舞台にステージを上げた2020年に強さを証明してみせた。
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勝を擁して勝てず
JGAのナショナルチームはジュニア大会の成績に基づいてメンバーが決まる。選手はJGAの提供するカリキュラムやサポートを受けられる。長年ナショナルチームで育成に携わる内田愛次郎氏は「ガレスさんの指導が浸透していき、それを高校3年間でしっかり受けたのがミレニアム世代なんです」と語る。
転換点となったのは、52年ぶりに日本で開催された2014年「世界アマチュアゴルフチーム選手権」(長野・軽井沢72ゴルフ東コース)での敗北だった。後に“黄金世代”と呼ばれることになる1998年度生まれの勝みなみと松原由美、さらに2学年上の岡山絵里が女子代表として臨んだ。同年4月に15歳で国内女子ツアー史上最年少での優勝を果たした勝を中心としたチームは「世界で勝つ」ことへ期待を背負ったが、団体戦8位の惨敗に終わった。
内田氏は「育成強化の点で、海外との差をまざまざ感じさせられる大会だったのを覚えています。日本の選手は技術で差をつけられているわけじゃない。ただ、コースマネジメントや組織的な取り組み方で負けたんです」と振り返る。
「他国はNF(国内競技団体/日本はJGA)が率先して、育成方針をリードしていた。日本ではそれまでコーチ=スイングの指導者という感じだったが、体作りやマネジメントを総合してゴルフを教えられる人を探すことにしたんです」(以下「」内は全て内田氏)
スイングは選手それぞれの感性が占める割合も大きく、選手の素質に頼った指導になってしまう。論理的かつ一貫性のある指導を目指す上で、一時低迷したオーストラリアゴルフ界の再建に尽力したジョーンズ氏に白羽の矢が立った。
「当時各国の指導者を現地で見ることがあり、他国の育成プログラムの情報もありました。お願いするならば、ガレスさんというのは頭にあったんです」。軽井沢の敗戦から1年後、JGAは正式にオファーを出した。
ゼロラインを探せ! ガレス流・勝利の方程式
来日後、ジョーンズ氏はすぐにロングゲーム主体で練習するスタイルからの脱却を目指し、ショートゲームの重要性を繰り返し訴えたという。さらに同氏の教えを凝縮するような「ゼロライン」という言葉を頻繁に用いた。
オーストラリアで数年前から指導で使われていたゼロラインとは、カップに対して左右の傾斜がない、真っすぐなグリーン上のラインのことを差す。「切れないラインが一番(パットの)入る確率が高い。1.5mの複雑なラインにつけるなら3mの上りのストレートにつけるべきだ、というのがゼロラインの基本です」
初めてコースをチェックする際、ナショナルチームのメンバーは計測器を持って歩くだけ。試合で実際に切られると推測されるピンポジションに対し、このゼロラインをいくつ見つけられるかが練習ラウンドのテーマになった。
安全なルートでピンを狙っていける「インポジション」、バンカーや池越えを求められたり、ピンからエッジまでの距離が短かったりする「アウトポジション」を事前に頭にたたき込むことでリスクを回避できる。確率論で語られるスポーツのゴルフにとって、そうした思考と実践が“勝利への方程式”という考え方だ。
「ゼロラインにつけるためにインポジション、アウトポジションを見極めてティショットの狙いどころからコースをマネジメントしていく。ピンポジションを見たときから組み立てていく、これには準備が全てです。ミレニアム世代の彼女たちはこれを繰り返して韓国勢らと(ジュニアの国際大会で)競い合ってきたのです」
素質に頼らない強化策
ナショナルチームは2007年から国立スポーツ科学センター(東京都北区)で、各ゴルファーの体の動きをデジタル的に記録するモーションキャプチャを使い、スイングの動きを解析。筑波大に協力を仰いでトレーニングを手助けし、栄養士をつけて食事の指導も徹底してきた。
「ゴルファーが体を鍛える時代になり、ナショナルチームのメンバーもフィジカルは強くなった。ただ、それをすべてゴルフのスイングや結果に結ぶつけることができていたのか。そこが次のステップの課題だったんです」
ジョーンズ氏が担ったのはこれらの取り組みをスコアメークにつなげ、選手個々人の素質に頼るだけではない成長を実現すること。合宿では座学にも力を入れ、内容は栄養学や心理学など多岐にわたる。
「自分が1ラウンドしたときの消費カロリーは? それを知らないとご飯を食べる量も分からない。心理学では1年後の目標を決め、3カ月スパンで振り返りを一緒にする。目標に対しての逆算。今、何をすべきなのかを考えるためです」
「日本のオフシーズン(冬)はオーストラリアでは暖かいので合宿を組みやすいという利点もある。世界の強化事業の情報がオンタイムで入ってくるのも大きい。今はガレスさんを含めてショートゲームのプロ、フィジカル面のプロなど4人の海外スタッフがいる。効率的に何に(時間やお金を)かけて、どこを教育していけば良いのか、というのができ上がってきました」
畑岡奈紗、渋野日向子ら活躍の舞台を世界に広げる黄金世代に追いつけとばかりに今年、ミレニアム世代が証明した才能。それは日本ゴルフ界の育成強化策の“成長”の証しとも言える。(編集部・林洋平)