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チェ・キョンジュ “我がゴルフ”/アジアンツアー公式

50歳になれば、これまでの人生で成し遂げたことを振り返り、それに思いを馳せるのがお決まりだ。韓国を象徴するゴルファー、チェ・キョンジュ(崔京周)は先月5月19日に、その年齢に達した。

アジアを代表するゴルファーの一人であり、アジアンツアーの名誉会員でもあるチェにとって、これまでの戦績と彼の財団による慈善活動は、熱心なプロフェッショナル、そして献身的人道主義者として、コース内外でその目標に到達したことを物語っている。

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気まぐれな運命により16歳で重量挙げからゴルフへと転向し、ジャック・ニクラスの名著「Golf My Way」をボロボロになるまで読み込みながら、たった1本のゴルフクラブと称賛すべき自己鍛錬の結合で、輝かしい経歴をスタートさせた。

チェは信心深く「Golf My Way」のページをめくってゲームを覚え、“ゴールデンベア”の説くことを実践した。自宅からコースまではバスで2時間の道のりで、丸一日を要する練習が数カ月、数年と続き、24歳となった1994年のプロ転向へと結実した。

彼は韓国ツアー、アジアンツアー、日本ツアーで腕を磨いた。1996年の「韓国オープン」で優勝して活躍の舞台を広げ、1999年には「キリンオープン」、「宇部興産オープン」(ともに日本ツアー)、「韓国オープン」(アジアンツアー)とより大きな舞台で3勝をマークした。

チェは1999年のQスクールを突破して、韓国人として初めてPGAツアーカードを取得した。素晴らしいことに、チェは468試合に出場して、優勝8回、予選通過330回で、3250万ドル(約35億6000万円)以上を稼ぎ出した。

目標を設定し、それに向けて努力するタイプのチェは、「世界一になるためには、世界一の環境でプレーしなければならない」という格言を信奉し、いつの日かメジャー優勝を飾ることを願って、そのための計画を立てた。

彼は一番のチャンスは「マスターズ」であろうと感じ、オーガスタで求められるショットを完璧にするために一生懸命練習した。

彼の献身はあと少しで実を結ぶところで、「マスターズ」における3度のトップ10(最高位は2004年の3位)と、メジャー全体で6度のトップ10を記録した。

コース上で繰り返し目標を達成したチェは、より広い社会における高貴な挑戦を掲げた――「自分の周りの子供たちを手助けすることが、私の人生のゴールです」と彼は言う。

その点において、彼の財団は恵まれない学生たちが大学教育を受けられるように奨学金を提供している。

チェは今年、シーズンが混乱に陥る前には、アメリカを拠点としてPGAツアーとチャンピンズツアーの両ツアーでプレーする計画を立てていた。

しかしチェは、彼のルーツと、“アジア人でもっともメジャー制覇に近い男”と言われるまでに彼のゲームを磨き上げる機会を与えてくれたアジアンツアーを忘れはしなかった。

彼は頻繁にアジアへと帰還して、2009年「イスカンダル・ジョホールオープン」や、2011、12年の「CJインビテーショナル」連勝など、いくつかの勝利を挙げた。

チェはアジアンツアーが、PGAツアーへの完璧な実験場だったとみなしている。

「(私の)PGAツアーにおける成功は、韓国から始まって、アジアンツアーを経て徐々に大きな舞台へ進出していった数年に起因する」と、過去のインタビューで語っている。

「アジアンツアーで戦っていた日々は、間違いなく大きな助けとなった。どこにいってもなにかを学んだ。自分がプレーしたすべてのトーナメントで多くを学んだことが、成功の礎となっている」

同胞のY.E.ヤンが、2009年の「全米プロ」でタイガー・ウッズを下してアジア人初のメジャー覇者という栄誉を手にしたが、チェが彼のキャリアを通じてアジアのゴルフファンに与え続けた大いなる喜びと誇りは少しも失われはしない。

彼の成功は、将来を嘱望された重量挙げの選手だった10代のチェが、歴史あるゴルフというゲームについてなんの知識も持っていなかったということを考えれば、より際立っているだろう。

彼がスポーツを学んでいった方法と、腕を磨くことに費やした長い時間の物語は、刺激に満ちており、啓発的だ。

KJCHOI.netにある彼の公式バイオグラフィーがそれをよく示している。

「チェは長男で、下には2人の弟と1人の妹がいた。両親はともに韓国最南部にある莞島(わんど)と呼ばれる小さな島の農民だった」

「地元の高校に通っているとき、K.J.は重量挙げのチームに加わった。K.J.は弱冠13歳で350ポンド(約159kg)を持ち上げてスクワットして、のちにチームメイトたちから“タンク”の称号を得た」

「K.J.が16歳だったある日、重量挙げのコーチがチームメンバーに2列に分かれるように指示した。一方の列は重量挙げの練習を続け、もう一方はゴルフという名前のスポーツの練習を始めることになった。ゴルフの列に並んでいた誰もが、K.J.も含め、ゴルフがなにかを知らなかったので、彼はひそかにゴルフの列を離れ、運命に抗うように重量挙げの列へと戻った」

「幸運にも、コーチは彼が列を変えたのを見とがめて、ゴルフの列に戻るように要求した。コーチはK.J.に1本のゴルフクラブと、ニクラスが書いた“Golf My Way”という本を与えた。その日以来、“Golf My Way”はK.J.の聖杯となり、彼は独学でゴルフを学んだ」

「K.J.は最寄りのゴルフ場から2時間以上離れた所に住んでいたので、毎朝5時に起きて、バスに乗ってゴルフ場まで練習に行った。K.J.は暗くなるまで熱心に練習をした」

「K.J.の周りにいる人達のほとんどが、ゴルフがなにかを知らず、両親を説得してK.J.にゴルフを辞めさせようとした。人々はK.J.が時間を無駄にしていると考えたが、6年の練習と2年の兵役を経て、K.J.はプロゴルファーとなった」

残りは、いわゆるゴルフの歴史である。

先月50歳になってから、チェ・キョンジュは家族の人生における2つの大きな区切りを経験した。

彼の18歳の娘・アマンダは、テキサス州のウェストレイクアカデミーで車中の卒業式を終え、23歳の息子・デビッドは韓国海兵隊での兵役に加わった。

チェは娘について「私たちは彼女が情熱と勇気を持って人生の新たな道を進んでいくことに興奮している」と語り、韓国へ向った息子には「デビッド、お前はいつも私の心の中にいる。会いたいよ」という言葉を送った。

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情報提供:ASIAN TOUR

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