2017/12/01記録

「三井住友VISA太平洋マスターズ」歴代優勝者

1985 中嶋常幸 1984 前田新作 1982 スコット・ホーク 1981 ダニー・エドワーズ 1980 鈴木規夫 1979 鈴木規夫 1978 ギル・モーガン 1977 ビル・ロジャース 1976 ジェリー・ペイト 1975 ジーン・リトラー 1973 尾崎将司
2010/06/24国内男子

新崎弥生、特等席で遼くん観戦

スタッフシャツを着て付いていた新崎は、「マーカーさんのお手伝いです」と笑う。なんでも、今大会のコースセッティングを担当した師匠・鈴木規夫氏の一声でこの役目が決まったのだという。 「こんなことをやっている…
2014/04/18国内男子

初日101の42歳プロは2日目「83」…通算+42で予選落ち

話した。 ツアーでの36ホールの最多ストロークは、87年「東海クラシック」における鈴木規夫の「200」。鈴木は第1ラウンドで「78」、第2ラウンドでスコアカードの9番ホールの枠にハーフのスコア「42」を誤記入したことにより「122」の1ラウンドワーストスコアを残していた。
2014/04/17国内男子

日本男子ツアーで100叩き 初日「101」でホールアウト

「東海クラシック」で鈴木規夫が記録した「122」だが、これは当時スコアカードの9番ホールの欄にアウト9ホールの合計スコア「42」を誤って記入したことによるものだった。鈴木に次ぐ記録は「93」(85年関東
1999/04/02国内男子

強風吹き荒れ試合中止!

杉が2本ひび割れて傾いた。急遽切り倒したがこのままではギャラリーにケガがでるかもしれないとの心配も出てきた。 このため12時まで待ったものの鈴木規夫チーフディレクターは2日目のプレー中止を決断。明日
2018/03/27国内男子

705ydのパー5も 「全英」争いの舞台はツアー最長8007yd

ながら球を操れ、忍耐が強い選手が勝つと思う」と、ラウンドした印象を述べた。 コースは鈴木規夫が監修。「世界基準」をコンセプトにして2017年3月にオープンした、総距離は8143ydで、大会では8007
2017/11/16記録

「ANAオープンゴルフトーナメント」歴代優勝者

1982年 鈴木規夫 第9回 1981年 倉本昌弘 第8回 1980年 杉原輝雄 第7回 1979年 グラハム・マーシュ 第6回 1978年 杉原輝雄 第5回 1977年 杉原輝雄 第4回 1976年 村上隆 第3回 1975年 謝永郁 第2回 1974年 尾崎将司 第1回 1973年 尾崎将司
2017/04/01国内女子

21歳の新海美優が7位浮上 初のトップ10入りへ再挑戦

と浮上した。今季出場した4試合は全て予選通過。首位と6打差だが、まずはツアーでいまだ届いていないトップ10入りに向けて、好位置で最終日を迎える。 “先生”と呼ぶ鈴木規夫プロの言いつけで、去年までは
1998/08/06国内女子

松沢知加子ら3人が3アンダー首位!

なければという気持ちです」 入江由香はちょっと荒れたスコアとなった。「7ホール目あたりからティショットがバラツキ始めた。今年は焦りが強い。前半のバーディもただ入りまくっただけです」 師匠の鈴木規夫プロに
1998/08/06国内女子

松沢知加子ら3人が3アンダー首位!

なければという気持ちです」 入江由香はちょっと荒れたスコアとなった。「7ホール目あたりからティショットがバラツキ始めた。今年は焦りが強い。前半のバーディもただ入りまくっただけです」 師匠の鈴木規夫プロに
2017/05/28記録

「ミズノオープン」歴代優勝者

新井規矩雄 第13回 1983年 出口栄太郎 第12回 1982年 杉原輝雄 第11回 1981年 新井規矩雄 第10回 1980年 鈴木規夫 第9回 1979年 橘田光弘 第8回 1978年 金本章生
2018/08/27記録

「フジサンケイクラシック」歴代優勝者

カントリークラブ 1977 宮本康弘 高坂カントリークラブ 1976 鈴木規夫 高坂カントリークラブ 1975 呂良煥 高坂カントリークラブ 1974 G.マーシュ 高坂カントリークラブ 1973 G.マーシュ 高坂カントリークラブ
2015/02/04国内男子

レジェンド青木功が熱血指導 JGTO宮崎合宿に高校生も初参加

「素晴らしい経験をさせてもらっている」と満面の笑みを浮かべ、JGA(日本ゴルフ協会)でオリンピックゴルフ競技対策本部強化委員を務める鈴木規夫・JGTO理事も「画期的なことだと思う」と、プロとアマチュアがともに研鑽する姿に目を細めていた。(宮崎県宮崎市/今岡涼太)
2014/07/03全英リコー女子オープン

全英リコー女子オープン開幕に寄せて~三田村昌鳳コラム~

標識は、つけてもすぐになくなると言っていた。 ロイヤルバークデールはそこから高級保養地のブラックプール、サウスポートへと向かっていく。1976年の全英オープンで鈴木規夫が10位に入ったことで、日本選手