2013/07/06PGAコラム

3年連続・・・またしても予選落ちのミケルソン

、36ホール中22ホールでパーオンを記録した。2日間で60パットの要した。 思うようなプレーはできなかったものの、ミケルソンはこのジ・オールドホワイトTPCのコース自体を楽しんだ。「このコースは、我々
2013/07/19PGAコラム

ウッズ「69」でカムバック

なかったものの、短いパットを簡単にタップインしてバーディを決めた。 今日のバックナインの平均スコアは、パーを2打以上回る難しさだったが、ウッズはバックナインで3アンダーを記録した。 「今日は暑かったね」と
2013/10/30国内男子

鈴木亨 47歳の武器は「意外性」

、下部ツアーでの18ホール最少ストローク記録を樹立。46位タイからの大逆転優勝を飾った。「鈴木亨の中に眠っていたものが目覚めたんだと思う。同じ47歳とは違う人生の歩み方をしたいと思うし、それができるん
2013/03/26PGAコラム

終盤で消えたファウラーの勝機

、15戦週連続で記録していたのだが、今週はついにトリプルボギーを叩いてしまった。 逆転優勝のためにファウラーはイーグルが必要だと気づいていたが、これはタイミングとしては悪いものではなかった。 「もし、自分
2008/05/02国内男子

あと3年は闘いたい!杉原輝雄

、レギュラーツアーでの世界最年長予選通過記録を68歳10ヶ月で樹立。 今季も6試合程度のレギュラーツアーに参戦する予定だ。 今大会は予選2日間で14オーバーを叩き予選落ちに終わったが、ラウンド中は
2008/10/16米国女子

「目標は去年の自分越え」。8勝目を狙うオチョア

、そういうものです。良いシーズンの終わりを飾れたらと思っています。 ―目標はありますか? L・O:1年前より良い記録が残せたらと思っています。去年は8勝していて、今年ここまで7勝ですので、まだやるべき
2010/07/17GDOEYE

トム・ワトソン、ゴルフの聖地に別れを告げる

、1983年と全英オープンを連覇したワトソンは、この年セントアンドリュースで開催された大会でも3日目を終えて首位タイに立っていた。この大会に勝てば3連覇と共にハリー・バードンの持つ全英6勝の大記録
2006/01/26米国男子

新鋭飛ばし屋バッバ・ワトソンはツアーで人気急上昇

距離は334ヤード。2004年の時はツアー競技で422ヤードというビッグドライブを放った記録も残している。3年間戦った下部ツアーのネーションワイドツアーで自動昇格となる最後の枠21位で卒業、昨秋は特別
2012/01/26米国男子

PGAショーレポート/デモDay(3)グリップあれこれ

この日のイベントで目を引いたものの一つが、沢山の珍しいグリップたち。まず最初に紹介したいのは、2011年のドラコンチャンピオンで世界記録保持者のマイク・ドビンが試打パフォーマンスを行なっていた
2012/06/08GDOEYE

中学2年生の松原由美が2度目の予選突破

昨年11月の「大王製紙エリエールレディス」で、12歳270日での史上最年少予選通過記録を樹立した松原由美が、2度目のプロツアー挑戦でまたしても決勝ラウンドに進出し、予選2日間を通算2アンダー16位
2012/07/25佐渡充高のPGA選手名鑑

佐渡充高が簡単解説!初めてのPGAツアー【第四十六回】

。実際に記録に残っているのは1904年の大会で、当時25歳、全米アマチャンピオンだったチャンドラー・イーガンと、カナダの48歳の大ベテラン、ジョージ・ライオンの2人による決勝戦(当時はマッチプレー)と
2014/05/01国内女子

夫婦での連覇がかかる横峯さくら「30位以内が目標」

「優勝」の結果をつかんでおり、連覇への意気込みもさぞやと思いきや…。 横峯はここ2試合、途中棄権に予選落ちと最終日にプレーすることができていない。昨年の今大会では連覇に先立って、「連続予選通過」の新記録
2012/10/10GDOEYE

難関・日本オープン 予選カットスコアはいくつ?

予選カットライン、2日間通算の“オーバーパー”記録は以下のような例がある(それぞれの大会によってパー70から74までの設定があった)。 パー70 +31(171)…1927年(第1回・程ヶ谷CC) パー
2012/10/20国内女子

パットに閃き! 金田久美子、5連続バーディで3位浮上

ベスト、5連続バーディは初めてのこと(アマチュア時を含めると、自己ベストは07年「ベルーナレディス」の「63」、08年の「ゴルフ5レディス」2日目に6連続バーディを記録)。実は、「久しぶりに楽しかった
2011/06/03石川遼に迫る

遼、屈辱の“ブービー”。119位タイで2週連続予選落ち。メジャー最年少優勝ならず

と受け止めて、これからも練習するしかない。他には何もできない。やるべきことは決まっている」。1928年の「日本オープン」で浅見緑蔵が樹立した国内メジャー最年少優勝記録(19歳9カ月7日)の更新の夢は、ついに消えた。クラブハウスに姿を消した石川は、いつもより、目深に帽子をかぶっていた。