ツアー転戦の旅の思い出 最近は北海道で野球観戦も楽しい/不動裕理コラム
国内女子ツアーで通算50勝をマークした不動裕理は、50歳になる(1976年10月14日生まれ)一年も精力的に活動を続けている。昨年は「日本女子シニアオープン」で優勝し、レギュラーツアーにも7試合に出場。日本ゴルフのレジェンドはどんなキャリアを過ごし、いま何を思うのか。GDOの連載コラムで胸の内を明かす。
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プロゴルファーにとってツアー生活は時に過酷な戦場です。猛暑、酷暑のこの季節は、炎天下で何日もプレーが続くと、体の中に熱がこもってなかなか抜けないこともあります。プレー中の暑さ対策はもちろんですが、食べ物や睡眠、疲労回復にとくに気を使いながらの「旅」になります。
毎週各地を移動するトーナメント転戦。私の場合はデビュー年の後半戦から出場権を得て(当時はシーズンを前期後期に分けて予選会=QTを実施していた)、そのルーティンが始まりましたが、「ゴルフってそういうスポーツ」だと思っていたので、違和感なく“旅人”になっていました。
当時はいつも決まった仲間と行動して、毎週が修学旅行みたいで無邪気に楽しかった。みんなで民宿に泊まってワイワイやったり、たまには真剣に話し込んだり…。そんな環境も私にとっての幸運のひとつでした。疲労を回復していつもポジティブに試合に臨める要因だったと思います。
飛行機や新幹線、バスやタクシー(当時、レンタカーは一般的ではありませんでした)と移動手段は週によってさまざま。私は乗り物酔いはしないし、つらかった思い出はないですね。バッグの中にはいつもだいたい文庫本を2冊入れていて、読んでいればそのうち目的地にたどり着くという感じ。時代物の本の中で描かれる歴史の舞台と、自分が試合のために向かっている土地が重なったりすると、トーナメント会場への「旅」もまた違った味わいになりました。
ツアー生活に慣れてからは、たまに開催地近くの寺社仏閣などに足を運びました。そう、一時期は“御朱印”集めをしたことも。ふと思い出すのは、岩手県の安比高原での試合。平泉の地を訪ねました。奥州藤原氏の栄華が眠る場所はタイムスリップした空気感で、今でも特別な記憶です。ああ、毎年行っていた新潟県での試合では、日本海を臨む海辺の宿から夕日を眺めたなぁ。ゴルフ以外へ目を向ける心の余裕は少なかったけれど「旅」で得た形のない思い出は、お土産より色褪せませんね。富山県の黒部ダムや瑞龍寺もよかったですね。
ところで、来週は暑い東京を離れて、国内女子ツアー「北海道meijiカップ」(北海道・札幌国際CC島松C)に出場します。ここ数年、札幌も暑い日が続きますが、プロ野球観戦の機会もあるかなと楽しみにしています。
実は夫の仕事の縁で、エスコンフィールドHOKKAIDOに足を運ぶようになり、今はすっかり北海道日本ハムファイターズのファン。新庄剛志監督も好きですし、チーム全体を応援しています。球場ではいろいろグッズももらうけど、ユニフォームを着たりするのはちょっと恥ずかしいので、自宅に飾ってあります。観に行けた日にスカッと勝ってくれると、私のゴルフにもいい影響がありそうです。