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佐渡充高が簡単解説!初めてのPGAツアー【第三十一回】

■ 「シェル・ヒューストンオープン」の歴史

1946年TOC(Tournament of Championship)として開催。今年で66年目65回を迎える。第1回大会の優勝はバイロン・ネルソン、2位にベン・ホーガン、3位にサム・スニードと、当時のスターが1、2、3位フィニッシュしている。1950年に「ヒューストン・オープン」。1992年大会から現在の冠名となる「シェル・ヒューストンオープン」に変更された。同大会では04、05年にビジェイ・シンが連覇を果たし、コースレコードは1992年に第3ラウンドでフレッド・ファンクが「62」を記録、トーナメントレコードは、02年に優勝したビジェイ・シンが打ち立てた通算22アンダーで、現在もなお破られていない。

■ マスターズ出場へのラストチャンス

今大会はマスターズ出場切符を手にするかどうかのラストチャンスである。この大会で優勝すればマスターズの出場権を得られるのだ。2008年にジョンソン・ワグナーが優勝した時も出場資格を当時持っていなかった。一時期、PGAツアーで優勝しても優勝資格が与えられなかった期間があったのだが、マスターズ委員会でもその動向に反対する者が多くそのルールは撤廃され、ツアー優勝者にも出場権が与えられるようになった復活の年に優勝したのがこのワグナーだった。とは言え休む選手もいるが、マスターズ前週に試合をこなしてゲーム勘を養うためにも休まず出場する選手も多い。要するにマスターズに出場するランキング上位のトッププレーヤーも出てくる。そのため、出場権を持っていない選手が、この大会で優勝するのも大変なことなのである。昨年はフィル・ミケルソンが優勝したが、ミケルソンもマスターズ前週の試合で、ある程度の手応えを掴んでマスターズに乗りこんだように、マスターズ出場権が、PGA試合の優勝者に与えられるというルールがありながらも、そう簡単に勝てないところに面白さがある。また“各選手にチャンスを与える”というのもテーマのひとつだ。通常この時期は144名の出場選手数が通例だが、今大会は156名と出場枠が大きく、まさに多くの選手にマスターズ出場のチャンスを与え、メジャー大会の前に行われるという、大きな意味のある大会でもある。

■ ヒューストンの難敵

ヒューストンはテキサスの中でも風が強く、その難しさもある。グリーン周りにおいても風が強く、球を上げるとその影響を受けコントロールが難しくなることからパターを使うことがあるが、これが“テキサスウェッジ”の所以だ。それくらいに難易度を高めている。特に18番ホールは左に池、風をまともに受け、トップに立っている選手はそれに加えてプレッシャー、さらに対戦相手がメジャーチャンピオンだったりと、多くの難敵が待ち受ける。そしてテキサスは3月頃になると暖かくなり、バミューダ芝が強くなるのだが、砂漠地帯もあり、朝夕の寒暖の差が激しいとライグラスオーバーシードが混じることもある。テキサスは芝に対する研究は最先端をいっており、ベント芝は暑さに弱いのだが、その暑さでも枯れないベント芝の開発なども行われている。付近ではコロニアルCCが初めて、その枯れないベント芝で全米オープンを開催した。ヒューストンにはテキサスゴルフ協会の本部もあり、名選手の輩出も多い。バイロン・ネルソン、トム・カイトもテキサス出身で、風の強いこの地でゴルフをプレーしてきただけに、強さを備えた選手が揃う。

佐渡充高(さどみつたか)
ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。

関連リンク

2012年 シェル・ヒューストンオープン




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