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2013年 マスターズ
期間:04/11〜04/14 オーガスタナショナルGC(ジョージア州)

すべての浮き沈みの果てに、ノーマンはスコットを祝福する

(ジョージア州オーガスタ)
長いこと待ちわびたその時が、ついに訪れた。

アダム・スコットグレッグ・ノーマンは2002年、火曜日の練習ラウンドの最中、12番ホールの土手に腰掛けていた。彼らふたりはサンドウィッチを頬張りながら、コースについて、人生について、そしてオーガスタ・ナショナルという場所がいかに特別なものかについて話をしていた。

当時21歳のスコットは、キャリア初のマスターズに参加していた。かたやノーマンは、愛するそのコースに、誰も回数を覚えていられないほど何度も打ちのめされた過去があった。スコットと話しながら、ノーマンが望んだことはただ一つ、彼自身が成し遂げられなかったこと、すなわちグリーンジャケットに袖を通すことを、いつか誰かがまとうその瞬間を共に分かち合うことだった。

そしてやって来たこの日。マスターズ史上、勝ち負けを超越した最高の瞬間のひとつが訪れた。それはスコットとノーマンにとってはもちろん、目撃した全ての人にとって忘れられない日になるだろう。

日曜日の夜、二人は同じ場所にはいなかったが、スコットがプレーオフの2ホール目で勝利を掴むパットを決めたとき、誰よりも激しく喜んだのは他でもないノーマンだった。

「アダムの優勝が本当に嬉しい」ノーマンは南フロリダの自宅から言葉を送った。「彼はいくつものメジャー大会で優勝する能力があると思う。アダムにはオーストラリア史上最高のゴルファーになって欲しい。彼の存在を心から誇りに思うよ。ある意味、息子のようなものだしね」

ノーマンは大喜びの一方で、精神的にも身体的にもクタクタだった。

ノーマンは、彼の友人であるオーストラリアCBSのアナリストであるイアン・ベーカー・フィンチと、数分おきにテキストメッセージをやり取りしていた。その他にもノーマンは別の仲間たちともチャットトークを続けていた。

アダム・スコットが18番ホールでパットを決めたとき、ノーマンは「これで決まった!」とシャウトした。

しかし勝負は終わらなかった。アンヘル・カブレラがプレーオフの18番ホールであわやチップショットを決めそうになったとき、ノーマンは「膝をついてしまったよ。一瞬時が止まったよ」とあの場面を振り返った。

「感情の波が、とてつもなく大きかったね」

では最後に、勝利のパットが決まった瞬間はどうだったんだろう?「最高の気分だったね」。

ノーマンはまご娘たちとこの週末を過ごす予定だったが、午後2時から7時半まで、妻と息子と共にTVの前に座り込んでスコットのプレーに一喜一憂した。彼はまたジムでワークアウトをする予定もあったが、その間もスコットのプレーを観るためTVから目を離さなかった。

そして最も重要な瞬間、つまりスコットが最後のパットラインを読んでいた時、キャディーのスティーブ・ウィリアムスが、スコットに手を振って何かサインを送った瞬間があった。

「スティーブはスコットに、違う、違う、と言っていたのだろうね」とノーマン。「彼は読みを変えていた。優勝を決める最後のパッティングを彼の助言に従うのだから、スティーブがいかに素晴らしいキャディかわかるよ。スティーブはアダムに、大きな自信を与えたんだ」

「アダムとスティーブ、彼ら2人で勝ち取った勝利だよ」

しばらく会話もままならないだろうと知りつつも、ノーマンは優勝したスコットに短めのテキストメールを送った。そして彼は最後のパットを導いたウィリアムスと会話をはじめた。

「彼はアダムに“君は伝説の男だ”と言われたって喜んでいたよ」。

その伝説の男となったキャディーのウィリアムスが昔、ノーマンのキャディーとして雇われた時、ウィリアムスはわずか15歳だった。そしてスコットがノーマンと出会ったのもまた、15歳の時だった。

後にスコットは、ノーマンがいかに大きな支えとなっていたか、全ての若い選手たちのためにどれほどの時間を割いてきたか、また彼らがどれほどノーマンに憧れて育ち、そしてノーマンがオーストラリア人初のグリーンジャケットを獲得することを願っていたかを話した。

最終的にその栄誉を手にしたのは、ノーマンではなくスコットだった。しかしスコットを頂点に導いたのは、間違いなくノーマンだった。

ノーマンはまず、スコット家の快挙を祝福した。そして彼がいかにして地球上で他の誰よりも優れた打球を飛ばすかについて話をした。殿堂入りした男はさらに「私の全盛期と比べても、彼はドライバーを打つのが優れている」と続けた。

「誰も彼にそこまでの評価を与えたことはない。オーガスタの全74ホール(72ホールと2つのプレーオフホール)、彼は次々にフェアウェイを切り裂いた。それが、彼に安定したセカンドショットをもたらしたんだ」。

もし重圧があったとしたら、それはノーマンの存在だろう。オーストラリアの選手が一度もマスターズで勝ったことがないという話は、全てはノーマンに結びついているからだ。

「彼は今日、おそらく他のどの選手よりも重圧を感じていただろうね。それは彼が、母国の何百万という人々のためにプレーしているからというだけでない」と、ノーマンは話す。「彼は他の選手と同様、あらゆる条件の中で戦っていたけど、オーストラリア人選手が未だかつて勝ったことがないということに重圧を感じていたはずだよ」。

以前スコットが、ロングパターを試みようとした際、少し迷ってノーマンに助言を求めにきたことがあるという。「“君はどう思うんだい?”と訊き返したんだ」と、ノーマンは明かした。「自分の感覚通りにやればいいさ」。

ノーマンは、スコットが最終4ホールでボギーを叩いて勝利を逃した2012年の全英オープンについて、あの経験こそがスコットが成長する糧となることを知っていたと強調した。

「その後、我々は会話を重ねたんだ」と、ノーマン。「彼は他の誰よりも、69ホール目まで最高のゴルフを見せていた。そしてメジャー大会で優勝できるだけの可能性が、自らに内包されていることに気付いたんだ。翌日から、彼の視線は未来に向かっていたよ」。

ノーマンのような人は、過去の失敗を悔やむより、未来の可能性を常に模索している。そして彼は、スコットこそは、オーストラリアで最も活躍するゴルファーとなるだろうし、他のどのオーストラリア選手よりも多くのメジャータイトルを獲得するだろうと期待を寄せている。

ピーター・トーマスはメジャー5勝の最多記録を持っている。すべては全英オープン(1954~56、1958、1965)での優勝だ。ノーマンは2度の全英オープン優勝(1986、1993)、デイビッド・グラハムは1981年の全米オープンと1979年のPGA大会だ。

今大会のノーマンは、オーストラリア選手たちをずっと応援し続けていた。スコットとの関係が最も強かったとはいえ、3位に終わったジェイソン・デイ、4位タイに終わったマーク・レイシュマン、彼らの活躍はノーマンを大いに刺激した。もちろんベイカー・フィンチも同じだ。

「それが我々(オーストラリア人)の真意だよ」と、ノーマンは語った。「だから私たちはオーストラリア人選手の優勝を望んでいたんだ。これは国民のスポーツに対する愛の象徴だ」。

もちろんノーマンは、スコット以外の他の豪国選手が優勝したとしても喜んだろうが、スコットの優勝ほど大きな喜びはなかっただろう。スコットはノーマン・ファミリーの一員なのだ。彼はグレッグの息子やモーガン・レイたちと共に育っているので、喜びもひとしおだったろう。

フロリダ時間の午後10時を回っても、ノーマンはまだ電話対応をしていた。レポーター、家族、仲間、彼はスコットの偉業を多くの人と分かち合おうとしていた。

ノーマンの電話はなかなか終わらなかった。同じ頃、スコットはスコットで、多くのメディア対応に時間を要していただろうし、伝統的な勝利者のディナーも行われていたことだろう。だからノーマンは彼なりのやり方で、スコットの優勝を共に祝福していた(シェアしていた)のだ。

それが12年前、世界の頂点を極めた男の流儀なのだろう。

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情報提供:PGA TOUR

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