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2018年 マスターズ
期間:04/05〜04/08 場所:オーガスタナショナルGC(ジョージア州)

ひどい奴ら '68マスターズの光と影 2

驚異的な肉体

長年にわたり、私はサム・スニードと「マスターズ」で練習ラウンドをともにした。サムは常に大勢のファンを引き連れて本番さながらの雰囲気になるので、私はいつもプレーする準備を整えていた。また、彼は握り(賭け)が大好きで、勝つと18番グリーンで支払うように要求した。「おい坊ちゃん、俺は君に10ドル貸しがあるぞ!」と、彼は周りのパトロン全員に聞こえるように言うのだ。しかし、こちらが勝つと彼はクラブハウスへと消え失せる。誰の目にも触れないロッカールームの片隅で、お金を回収しなければならなかった。

1960年にサムはミッキー・ライトと組んで、男女混合の懐かしいチーム戦「ヘイグ&ヘイグ スコッチフォーサム」に出場した。サムはまだ抜群の選手だったし、ミッキーは最高の女子選手だったので、みんな彼らが10打差をつけて勝つと予想した。1番ホールで、ミッキーが1Wをぶっ飛ばし、サムが2打目をピンそば3フィート(約90センチ)につけた。

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ミッキーはこのパットを外してしまったのだが、サムはわざわざミッキーに聞こえるように「次はあのいまいましい球をもっと近くにつけなきゃならんようだな」とぶつぶつ言った。パートナーにそんなことを言うなんて考えられないことだし、ましてやあのミッキー・ライトに向かってである。しかし、それがサムだった。ミッキーはひどく立腹した。2人はひどいプレーに終始し、優勝争いには絡まなかった。

サムは驚異的な肉体を誇っていた。とにかくものすごい長さの腕を持っているだけでなく(彼は袖丈36インチのシャツを着ていた)、太ももやふくらはぎも巨大で、それがあの見事な敏捷性とバランスの源になっていたのだと思う。ある年の「マスターズ」の練習ラウンドで、2番グリーンから降りてきた彼は、通路を進むのではなく、ギャラリーロープを越えて歩こうとした。ロープは20インチ(約50センチ)ほどの高さで張られていたが、サムはこともなくジャンプすると、空中で両足の踵を当てて音を鳴らし、向こう側へと飛び越えた。たいしたことないように聞こえるかもしれないが、自分でやってみるといい。そのとき、彼はすでに70代になっていたのだ。

10セント硬貨でマークすると

バルタスロールで開催された1967年の「全米オープン」最終日に、私はテキサスからやってきた無名の男と同組でプレーした。彼の名はリー・トレビノといい、私より1ストローク良い5位で大会を終えた。私は妻に、「心配することない。この男は多少活躍するかもしれないが、長持ちはしない」と言った。これは私による最もまぬけな予言となった。その数年後、私はリーに自分の言ったことを明かしてしまうという過ちを犯した。それから何年もの間、彼は「ボブ・ゴールビーは私が成功できないと言いましたが…」という一節で自分のスピーチを切り出した。彼は私をダシにすることで仕返しに成功した。

あるとき、ジェリー・バーバーと同組になった。彼は身長が5フィート5インチ(約165センチ)しかない短気な小男だったが、すごい選手だった。彼は220ydを超えることがほとんどないティショットを打ちながら、1961年の「全米プロゴルフ選手権」を制覇した。彼はまた、使えるすべてのアドバンテージを探していたし、ちょっとした駆け引きを躊躇なく繰り広げた。その大会の1番ホールで、私が10セント硬貨でマークすると、ジェリーがやって来て、私の硬貨の上に1セント硬貨を置いた(註:赤銅色の1セント硬貨の方が銀色の10セント硬貨よりわずかに大きい)。私は「いったい何をしているんだ」と彼に言った。

するとジェリーは、「パットするときに君のコインがキラキラ反射するのが目に入るんだ」と答えた。気に入らなかったが、そのままにさせた。次のホールでも、彼は私のコインに蓋をしたので、私は怒りを覚え始めた。3番ホールでも、彼は彼のラインからは程遠いところにあった私の10セント硬貨を目がけてやってきた。彼が前屈みになったとき、私は「ジェリー、もしお前がまた俺のコインに蓋をするなら、次は俺がお前に蓋をしてやる!」と言った。私は本気だった。ジェリーは引き下がったが、当時は何につけそういう感じだったのだ。自分で自分の立場を守らなくてはならなかった。

個性豊かな人間は本当にたくさんいた。モー・ノーマン(カナダ)については聞いたことがあるだろう。1958年、我々はニューオーリンズの大会に出場しており、彼もそのPGAツアーの大会に挑んでいた。土曜のラウンドを終え、モーは2位につけていた。ダグ・フォードと私は、モーをモリソンズ・カフェテリアでの夕食に招待した。そこで、モーはこう言った。「明晩、家へ帰るよ。金が尽きた、金が尽きた」。彼は言葉を繰り返す癖があった。ダグは、「どういうことだい。君は賞金を稼いできたし、この大会でも稼げるじゃないか。どうしたら金欠になるっていうんだ?」と聞いた。すると、モーは米国でプレーするため、カナダPGAから1500ドルをもらったのだが、それを使い果たしてしまったのだと説明した。「しかし、稼いだ賞金はどうしたんだ?」とダグは聞き返した。モーは、「ああ、それは“俺の金”だからな。“俺の金”は使わないのさ」と言った。ほらな、彼は個性豊かだと言っただろう?

最も感動的な光景

ビリー・キャスパーはベトナムの病院に負傷兵を見舞うことを習慣としていた。彼はその点において、すばらしい人道主義者だった。あるとき、私の甥のジェイ・ハースがサウスカロライナ州チャールストン近郊の海岸沿いを歩いていた。彼は同じく散歩中だった老人と話し始めた。話を聞くと、その人は陸軍の元隊長で、重傷を負ってあと少しで自殺するところだったことが判明した。彼はビリーに人生を救われたと話した。ジェイはその人に「マスターズ」のチケットを渡し、会場で隊長とビリーを引き合わせた。それは、私が目にした最も感動的な光景だった。

高校時代、私はバスケットボールで14試合連続してファウルアウト(註:1試合にファウルを5回とられて退場)したことがある。誰かにボールを取られると、私は本能的に取り返そうとしたのだ。ちょっとアグレッシブに行き過ぎたのだがね。一度など前半が終わる前に退場してしまったので、コーチはカンカンに怒って、「お前がベンチに座っていても、何の役にも立たないだろう!」と怒鳴った。しかし、その言葉はピンとこなかった。バスケットボールを含め、私は自分のものはいかなる手段をもってしても守りたいと思っていたのだ。

ウィルト・チェンバレンはNBAの試合で一度もファウルアウトしなかった。そして、彼は2万人の女性と寝たという個人的な記録も明かしている。ケンタッキー出身の私の友人は、それを聞いてとても動揺したと言ってきた。なぜと聞くと、彼は「1人差でウィルトに負けた」と答えた。

世界恐慌の頃に子供時代を過ごすと、お金には用心深くなる。プロとして、私はとても慎ましい生活を送っていた。そうすべきだと思っていた。なぜなら、最初の4勝で稼いだ合計金額が8千ドルだったから。いまとなっては信じられないかもしれないが、1958年に私は全大会に出場した。それは42大会だった。

ジャック・ニクラスとダスティン・ジョンソン

1960年の「コーラルゲーブルズオープン」でのこと。最終ラウンドをアーノルド・パーマーと一緒にプレーしていた私は、彼に2打差の首位で最終ホールを迎えた。私はグリーンをとらえ、アーノルドはバンカーに捕まった。彼が寄せワンでパーセーブしたとしても、私は3パットで勝ちだった。しかし、私のキャディだったウォルター・モンゴメリーが、人をかき分けてグリーン上まで行った際、うっかり私のボールをグリーン外へ蹴り出してしまった。これにより1罰打となり、さらに競技委員はボールが止まった場所からプレーしなければならないと言った。悪いことに、ウォルターが蹴り出したところは難しいライだった。アーノルドはバンカーショットをピタリと寄せた。ピッチショットをしようと構えた私は、「生業とするには、これはタフな仕事だな」と思った。幸運にもアプローチは1.5mに寄り、このパットを沈めて1打差で勝つことができた。

全盛期のジャック・ニクラスが現在プレーしていたならば、ダスティン・ジョンソンと同じくらい飛ばすだろうと何人かが言っているのを読んだことがある。私は、それはどうかなと思う。ジャックはかなりパワフルだったが、彼の身長は5フィート10インチ(約178センチ)しかなかったことを覚えておくべきだ。ダスティンは6フィート4インチ(約192センチ)で、腕は筋骨たくましい。スイングアークの幅と長さは驚異的であり、それに耐えうる強さもある。道具が進化したとはいえ、ジャックが飛距離で彼らと対等に渡り合えるとは思えない。少なくとも1Wでは無理だろう。ある時点で、我々は今日のゴルファーがすべての点において優れていると認めなければならない。もしそうでなければ、我々の世代が後進の育成で良い仕事をしなかったことを意味することになってしまう。

フックを直す一番の方法は、88歳になることだ。私に週に3回ラウンドしているが、どちらの方向にも1インチだって曲げられるほど強く打てない。本当に飛ばないので、補聴器のスイッチを入れなくてもボールが着地する音が聞こえるくらいだ。

(米国ゴルフダイジェスト誌 2018年4月号掲載)

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