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佐藤信人の視点 勝者と敗者

打つ直前の「Hold up」 キズナーとキャディの信頼

世界選手権シリーズ「WGCデルテクノロジーズ マッチプレー」(オースティンCC・テキサス州)決勝の解説をしていると、ゲスト解説で隣の席にいた進藤大典氏(松山英樹の元専属キャディ)が「いまの間(ま)で…。ボクはできない。鳥肌が立ちましたね」と言ったシーンがありました。

優勝したケビン・キズナー選手とマット・クーチャー選手との決勝戦。2アップのキズナー選手は、後半14番の第1打でクーチャー選手に約50ydの差をつけられました。残り198ydの第2打、池が沿う左サイドにこぼすと大事故になる場面。まさにテークバックを始めるというときに、キャディのドゥエン・ボック氏が「Hold up(待つんだ)」とつぶやきました。

ボック氏は2打目を前に、何かしらの危険を察知したのかもしれません。仕切り直したキズナー選手は、2人でボールに視線を向けながら、少しの会話を交わしました。そして、キズナー選手は何ごともなかったように2打目を打ち、ピン右上8mに乗せました。リスクを回避しつつ、確実にパーをとれるナイスショットでした。

進藤氏は「僕は、あそこでは、(止めに)入れないかもしれない」と驚いていました。選手の立場としても、いまから打とうという直前にキャディに止められれば、驚いたり怒ったりするのが普通だと思います。それほど、珍しい光景でした。ただ2人は、自然に言葉を交わし、集中力が途切れる様子も一切ありませんでした。少し大げさな表現になるかもしれませんが、ゾーンに入っている、神がかっている、そのように思えました。

35歳のキズナー選手は有望だった大学時代から一転、プロ転向後に苦労しました。試合に出られない期間も長く、一回り以上も年上で長年コンビを組むボック氏に、「あなたのような素晴らしいキャディには、僕以外でもたくさんの良い選手がいます」と切り出したことがあります。しかし、ボック氏は「君と一緒にメジャーを獲りたいんだ」と聞かなかったといいます。

2017年「ディーン&デルーカ招待」でツアー2勝目を挙げたとき、キズナー選手はボック氏に車をプレゼントしました。2人にしかわからない、信頼があるのです。

「WGCデルテクノロジーズ マッチプレー」の直前、ボック氏の親友が筋萎縮性側索硬化症(ALS)で亡くなったそうです。これまでボック氏は、ALS患者への募金を呼び掛けるメッセージの付いたキャップを被ってきましたが、前週は親友の名前のイニシャルを記したものを着用していました。その親友は、ずっと2人の一番のファンだったそうです。16番でクーチャー選手を破り、優勝を決めると、キズナー選手はボック氏のキャップに書かれたイニシャルに優しく触れました。

タイガー・ウッズ選手やロリー・マキロイ選手といった人気プレーヤーが敗退し、松山英樹選手も予選を突破できませんでした。決勝戦は渋いカード。それは、必ずしもファンに望まれた対戦ではなかったかもしれません。しかし、選手ひとりひとりには、大切なストーリーがあるのです。【解説・佐藤信人

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佐藤信人(さとう のぶひと)
1970年生まれ。ツアー通算9勝。千葉・薬園台高校卒業後、米国に渡り、陸軍士官学校を経てネバダ州立大学へ。93年に帰国してプロテストに一発合格。97年の「JCBクラシック仙台」で初優勝した。勝負強いパッティングを武器に2000年、02年と賞金王を争い、04年には欧州ツアーにも挑戦したが、その後はパッティングイップスに苦しんだ。11年の「日本オープン」では見事なカムバックで単独3位。近年はゴルフネットワークをはじめ、ゴルフ中継の解説者として活躍し、リオ五輪でも解説を務めた。16年から日本ゴルフツアー機構理事としてトーナメントセッティングにも携わる。

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