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佐藤信人の視点 勝者と敗者

“鬼”が流した涙の意味

「カシオワールドオープン」は、最終日に3打差を追って3位からスタートしたキム・キョンテ選手(韓国)が逆転で勝利をつかみ、3年半ぶりツアー通算14勝目を飾りました。

キム選手の復活と聞くと、それまでの強さが圧倒的だったこともあり、たまたまここ2、3年は実力が発揮できなかっただけ、と捉える人も多いかもしれません。ですが、現実は想像以上のどん底からの復活劇であり、奇跡と呼ぶべき生還といえるほど、苦悩と葛藤に満ちた3年半だったようです。

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2008年より本格的に日本ツアーに参戦し、10年と15年に賞金王を戴冠したキム選手。メンタルや技術をとってみると、過去をさかのぼっても彼ほどの韓国人選手はいなかったと思えるほど、その強さは日本ツアーに衝撃を与えました。

彼の強さは、正確なショット力と勝負強いパッティングに尽きます。特にパットは技術もさることながら、どのような状況でも崩れない安定感と、ここぞという場面でしっかり沈める精神力。そのパットのうまさは、代名詞と呼ぶべき最大の武器となっていました。

下降線をたどり始めたのは17年シーズン。最大の武器であったパッティングの精度が影を潜めます。17年は34位(1.7836)、18年は41位(1.7847)、今シーズンも今大会が始まる前まで80位と、平凡な数字が並んでいたのです。

特にキム選手といえば、試合中、他を寄せつけないオーラがあり、正確無比な強さから韓国では“鬼”と恐れられたほどです。試合後はやわらかい表情に戻るのですが、つねにクールでスマート。弱音をはくような姿は一切見たことがありません。そんな彼が今季、パターイップスを吐露したことが記事になりました。イップスという事実にも驚きましたが、それ以上に、周りに自分の弱みを公言するという行為に驚かされました。

イップスを公表したことや、その後7週連続予選落ちを喫したことを振り返ると、相当な苦悩だったことが分かります。最大の武器であったパッティングが逆に最大の足かせとなり、ナーバスになって悩んでいたことでしょう。二度と以前のようなゴルフができないとまで思い詰めたのではないかと思うのです。

ゴルフはショット、アプローチ、パットと各分野で総合的に高い基準を維持する競技といえます。苦手分野がひとつ生まれると、それに固執して、ひとつの悩みが他の項目にまで、飛び火する可能性が高いのです。パットの悩みがアプローチ、ショットへと遷移し、元の状態に戻れなくなる。一度バランスを崩すと、立て直すのには相当な苦労が必要です。

そんな彼が「太平洋VISAマスターズ」で5位と久しぶりのトップ5入り。シード喪失のプレッシャーから解放されたことで、今大会の起爆剤となったのかもしれません。最終日に見せた姿は、あの頃のオーラを身にまとい、勝負強いパッティングが戻っていました。

試合後に彼が流した涙は、3年半の苦悩を物語っているといえます。これでイップスが完全に克服できたかは分かりませんが、優勝がかかったプレッシャーを跳ねのけた事実は、大きな自信に変わったことでしょう。(解説・佐藤信人

佐藤信人(さとう のぶひと)
1970年生まれ。ツアー通算9勝。千葉・薬園台高校卒業後、米国に渡り、陸軍士官学校を経てネバダ州立大学へ。93年に帰国してプロテストに一発合格。97年の「JCBクラシック仙台」で初優勝した。勝負強いパッティングを武器に2000年、02年と賞金王を争い、04年には欧州ツアーにも挑戦したが、その後はパッティングイップスに苦しんだ。11年の「日本オープン」では見事なカムバックで単独3位。近年はゴルフネットワークをはじめ、ゴルフ中継の解説者として活躍し、リオ五輪でも解説を務めた。16年から日本ゴルフツアー機構理事としてトーナメントセッティングにも携わる。

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