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樋口久子、小林浩美、不動裕理、大山志保が清元登子氏を追悼

関係者たちにとっても、突然の訃報だった。清元登子氏・逝去の一報を受け、第50回の記念大会となる「日本女子オープン」開幕を翌日に控えた我孫子ゴルフ倶楽部は、悲痛な空気に包まれた。

樋口久子 LPGA相談役は「(日本女子プロゴルフ)選手権が今年50周年だったので、歴代の会長をお呼びして見てもらおうと思っていたら、あまり体調が良くないということでいらっしゃらなかった。でも、そんなに悪いとは思わなくて・・・。残念としかいいようがないです」とコメント。

清元がアマチュアとして史上初のツアー制覇を果たした1973年の「トヨトミレディス」では、樋口は最終日を同組でラウンド。「あのころ(清元)は“女武蔵”と呼ばれていて。当時は2グリーンで高麗グリーンを使っていたけど、(清元の)球がベントグリーンに載って、ノータッチでそのままプレーというルールだった。私たちだったら躊躇しちゃうところだけど、まったく気にする素振りを見せず、SWでベチッと(ターフを取って)打ってピタッと寄せた。それが強烈に記憶に残っている」と回顧した。

小林浩美 LPGA会長も「非常にびっくりしたし、残念。急に知らせを受けたので驚いています」と、動揺を隠せなかった。「すごく偉大な人だし、多大な貢献をされた方。協会のティーチング部門を確立されたのも清元さんなので・・・」と、急なことでまだ詳細は決まっていないものの、今後なんらかのセレモニーをする可能性にも言及した。

また、師匠と弟子という関係で清元に接した不動裕理は、「2日前に聞いて、びっくりしました」と神妙な顔をみせた。プロデビュー前後から約4年間は清元邸に住み込んで、生活を共にした。「思い出すのは、晩ご飯を一緒に食べたり、犬の散歩をしたりしたこと。みんなが思うような怖いところは全然なくて、皆さんが思っている先生と、わたしが思っている先生は全然違うと思います」と振り返る。「当たり前のことを毎日続けること。一度決めたら、それをやり続けることが大事だと学びました」と、師匠の教えを噛みしめていた。

同じく清元門下で、今週は頸椎捻挫により欠場する大山志保も「突然の悲報に今でも信じられない思いです。私のプロゴルファーとしての道を開いてくださったのは清元先生であり、先生からはたくさんの事を学ばせて頂きました。本当に痛惜の念でいっぱいです。謹んで心からご冥福をお祈り申し上げます」と悲しみのコメントを寄せた。(千葉県我孫子市/今岡涼太)

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