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人生初の日の丸ユニフォーム 野村敏京は何を感じたか?

日の丸を背負うプレッシャーについて、語ることはなかった。米女子ツアーの8カ国・地域代表対抗戦「ULインターナショナルクラウン」で、自身初の日本代表として戦った野村敏京。競技人生で初めての代表戦だったが、「日本代表というよりは、チーム戦が緊張した。私は毎週毎週、(アメリカで)日本代表として戦っているから一緒じゃないですか」と、さらりと受け流して一週間を終えた。

日本人の父親と、韓国人の母親を持つ野村について回る国籍を巡る話題。五輪代表を手中に収めてからは、その頻度も高まっている。この大会のメディアセンターで出会った韓国人記者は、挨拶もソコソコにこう切り出した。

「ひとつ聞きたいのだが、日本人は野村敏京のことを100%日本人だと思っているのかい?」。日本と韓国の関係が必ずしも友好的と言えないことも、この議論を繊細なものとしている。

2007年の「日本ジュニア」(女子・12歳~14歳の部)で初出場初優勝。2009年には同じく初出場した「日本女子オープン」でローアマチュアに輝いた。当時、韓国・ソウル市にある明知(ミョンジ)高校2年生だった野村には、韓国ゴルフ協会からナショナルチームに入らないか?と声が掛かったという。

だが、野村はこの誘いを断っている。「海外の試合に出られなくなるから」というのが、野村の話す辞退理由。一方で、日本は国内に拠点を置いていることがナショナルチーム選出への事実上の前提条件となっていた。

母・ソヨンさんは当時をこう振り返る。「日本の高校に転校することも考えたけど、それは難しかったんです。あの子は、『私は世界のナショナルチームを相手に戦うんだ!』なんて言っていたけど…」。あっちを立てれば、こっちが立たない。多感な時に国籍の狭間を経験した野村の中で、いつしか「国」という概念は希薄なものになっていったのかもしれない。

昨年9月、韓国女子ツアーの「ハンファ・ファイナンスクラシック」で同ツアー初優勝を飾ったときも、やはり国籍意識について問われている。それに答えた野村は、「日本人とか韓国人とかじゃなく、私は野村敏京というゴルファーです!」と言って、韓国メディアを唖然とさせたという。

3週間後に迫ったリオデジャネイロ五輪でも、日本代表としてメダル獲得に挑戦する。「一緒にやる選手を邪魔しないようにと思って緊張した」という今週のチーム戦とは違い、個人戦なのは幸いだ。しかし、世間の注目は今週の比ではないだろう。

日の丸を背負っていても、“彼女は半分韓国人”という見方をする人もいるかもしれない。それでも、野村は昔から“野村敏京”としてやってきた。国と国を隔てる見えない線では縛ることのできない、才能の開花に注目したい。(イリノイ州リバティビル/今岡涼太)

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今岡涼太(いまおかりょうた) プロフィール

1973年生まれ、射手座、O型。スポーツポータルサイトを運営していたIT会社勤務時代の05年からゴルフ取材を開始。06年6月にGDOへ転職。以来、国内男女、海外ツアーなどを広く取材。アマチュア視点を忘れないよう自身のプレーはほどほどに。目標は最年長エイジシュート。。ツイッター: @rimaoka

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