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スマイルシンデレラの目覚め 渋野日向子の2019年を振り返る

物語の始まり

4月19日、熊本空港カントリークラブ。全組がラウンドを終えた午後5時前。上位につける選手たちは記者に囲まれて取材に応じ、撮影を終えたカメラマンたちは一気にクラブハウスに引き上げてくる。

居残り練習する選手を見ようと、記者やカメラマンが行き交う。夕暮れ時、ゴルフの会場では特にせわしなく時間が過ぎる。

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そんな取材とは無縁。たった一人、渋野日向子はスマートフォンを耳にあて不安そうに切り出した。「81をたたきました。どうしたらいいでしょうか」。シーズン7戦目の「KKT杯バンテリンレディス」初日。渋野は10番からスタートする最終組で回り、9オーバーの最下位に沈んでいた。プロ入り後、ワーストとなるスコア。動揺はそのまま、声のトーンの神妙さにはっきり表れた。

電話越しに大きな笑い声がした。「見てたぞ~。スコア。だいぶ打ったね」声の主は2年前から師事する青木翔コーチだった。コーチが会場に来られない試合は、電話で結果を報告するのが当時の日課だった。愛弟子の落ち込みを感じ取り、敢えて明るく突っ込んだ。

ツアー参戦1年目になる新人の目標は、賞金ランキング50位以内で翌シーズンの出場権が得られる賞金シード。ただ、まだシーズン序盤ではあった。「どうせ予選を落ちるなら気持ちよく落ちればいいよ。何も変えることはない。自分の出来ることをやればいい」。成長の糧を一つでも見つけられるように、と背中を押す。通話時間は約2分。渋野は「明日、また頑張ります」と電話を切った。

誰も知らない"開花"の予兆

国内女子ツアーでは、大会が3日間で行われる場合、2日目の組み合わせ、スタート時刻は初日の順位で決まる。10番スタートの最終組は、つまり最下位争い。盛況な大会であっても、ここに注目する観客はいないに等しい。そんな逆境から、渋野は見事に巻き返しを果たした。

24時間前とはまるで別人のようなトーンでコーチに報告の電話を入れた。「今日は66でした」。その日プレーした107人の平均スコアは「73.5」(パー72)。難しいコース設定の中、素晴らしいスコアをたたき出した。確かにいつも「嫌なことも寝れば大抵は切り替えられる」と言っているけど――。ネットで速報を見ていたコーチも思わず驚いていた。「もしかしたら双子のお姉さんか妹が、昨日はプレーしたんじゃないか?」。双子ではないことを知りながらも、軽口を言わずにはいられなかった。

最下位からの予選通過は、ツアー史上2人目。渋野は「自分でもよくわからない」と首を傾げた。意識したのは、高い弾道のショットでピンを狙う本来のスタイルを貫くこと。それが奏功したのか。

青木コーチは振り返る。「きっと難しいコースで初日は構えすぎたんだと思う。劇的に技術が一日で変わるわけではない。縮こまって失敗したのも無駄な経験ではない。そして巻き返せたことで自信になった部分があると思う」。桜が散った熊本。人知れず一つの才能が開花を迎えようとしていた。

絶対に放っておけない

渋野は勢いに乗った。攻めのスタイルと天真爛漫な笑顔とともに、一気にスターダムを駆け上がった。熊本での巻き返しを足掛かりに、優勝争いに加わるようになった。

5月の国内メジャー「ワールドレディス杯サロンパスカップ」でツアー初優勝。昨年1試合の出場経験しかなかった渋野の快挙は、ゴルフ業界内では「シンデレラストーリー」とまで表現された。7月には早くも2勝目を挙げ、賞金ランキングも上位につけていた。

極めつけは8月の海外メジャー「AIG全英女子オープン」だった。初挑戦の海外での試合で、日本人として42年ぶりの海外メジャー優勝。歴史的快挙をなし遂げた。成績だけではない。笑顔と人柄は、異国のファンをも虜(とりこ)に。「スマイルシンデレラ」という愛称で親しまれた。

それを象徴するシーンは、大会3日目の終盤にあった。後半17番のバーディで単独トップに踊り出て、18番のティイングエリアに向かう途中だ。「グローブを頂戴」小さな男の子の、か細い英語のお願いに敏感に反応し足を止めた。にっこりと笑い、左手にはめたグローブをとると、キャディバッグから取り出したサインペンを走らせる。周囲の大人から漏れていた感嘆にも似た声はグローブを手渡した瞬間、割れんばかりの拍手喝采に変わっていた。

プレー中の選手が、使用しているグローブをファンにプレゼントする。めったにないことだった。それも海外メジャーの優勝争い中に、だ。その日のプレーが終了した後、テレビ中継のディレクターがそのシーンについて聞いた。「ダメだったんですかね」。渋野は不安そうに答えた。「だって放っておけないですよ。あれは、絶対に放っておけないですもん」。首を横に振りながら繰り返した。

狙わないと、絶対に後悔する

人懐っこい優しい笑顔と併せ持っていたのは、ここ一番で腹をくくる覚悟だった。単独首位からスタートしたものの、順位を落として迎えた最終日の後半12番(パー4)。ティイングエリアが前日までより前に出ていて、グリーンまでの距離が短くなったことを確認すると、ドライバーを持った。

1オン狙いだ。前の組がグリーン上でのプレーを終え、次のホールに向かうのをひたすら待つ。グリーン手前には池がある。通常は1打目で直接グリーンを狙わずにフェアウェイに刻む選手が多いホール。首位を2打差で追う状況もあって、ロープの外ではざわめきが起こった。

池に入ったら、ここですべて終わるのに――。グリーン右脇にある巨大モニターが素振りをする渋野を映し出す。画面を見つめる観客の期待と不安は最高潮に達した。その視線は、打球音とともに一斉にグリーンに向いた。池をかろうじて越え、ボールはグリーン手前のカラーに落ちた。そのまま転がり、1オン。悲鳴にも似た声は、安堵のため息に変わった。渋野が歩いてグリーンに近づくにつれ、大ボリュームの声援があたりにこだまし始めた。

「差は関係なかったです。12番でトップだったとしてもドライバーを迷わず持っていた。狙わないと絶対に後悔すると思った」。心優しき勝負師。渋野の姿は英国ファンの心を打った。

通知止まらぬLINE

小さな街・ウォーバーンで、渋野の快挙は広く伝えられていた。現地紙には『世界で一番幸せな物語』と見出しが躍る。「帰国したら、どんな感じなんですかね」。宿舎の前で眠そうな目をこすりながら、渋野は笑った。前夜コースを出たのは午後10時頃。一週間通ったお気に入りのシーフードレストランで、アルコールなしの祝勝会をチームで軽く開いた。その後、3時間ほどは睡眠がとれた。

連日放送された日本のテレビ局のワイドショーは、リアルタイムでは見られなかった。それでも、爆発的に増加し続けるインスタグラムのフォロワー数と、通知の止まらないLINEが、反響の大きさを物語る。ただ、実感はまるでなかった。

「笑っていましたけど、気疲れは結構しましたね。4日間ずっと上位にいたから、微妙な距離のパットとかは疲れますよね。なんで私が勝ったかわからないですけど…余計なことしちゃいましたね」

降り出した小雨が肩を濡らす。「周りの状況は変わるかもしれないけど、私は何も変わらんですよ」。メジャー制覇を果たす前と変わらない笑い声を上げながら、言った。しかし、帰国後のフィーバーは、本人の想像以上だったのかもしれない。

震える手

帰国した空港では、殺到する報道陣やファンに出迎えられた。その後も、記者会見やテレビ取材を立て続けにこなした。出場するツアー戦には、以前よりも7000人近く多い、1試合平均2万2000人を超す観客が押し寄せた。優勝争いに絡めば、日曜日の夕方にテレビ視聴率は10%前後を記録した。

周囲からの期待が、重圧に変わる。背負ったのは、スターの宿命だった。そこから数カ月。どこの試合会場でも基礎的な反復練習を欠かさない、以前と全く変わらぬ渋野の姿があった。

同じ位置からのバンカーショット練習を2時間やり続け「腰いってー」と笑う。日課のパット練習のノルマを果たすために、スマートフォンの明かりを頼りに暗闇で球を転がす。報道陣を笑わせるようなフレーズをサラッと言う口調も、快挙を果たす以前とまるで同じ。「私は何も変わらん」。あの日、小雨に打たれながら英国で言った通り、渋野に大きな変化は見られなかった。

ただ、体は正直だった。台風19号が列島を襲った10月12日。渋野は滞在先の静岡県のホテルにこもり、テレビの前でひっそりと涙を流していた。「ちょっとだけですけど、気持ちがわかるなって思ったんですよ」。鑑賞していたのは、母・伸子さんから暇つぶしにと手渡されていた、ボビー・ジョーンズのキャリアを描いた映画だった。生涯アマチュアを貫き、4大メジャー全制覇を達成。「球聖」と呼ばれた男の物語だ。重圧からパットを打つ際に手が震えるジョーンズの「勝ち続けていくと、つらい」というセリフが妙に胸に響いた。

帰国2戦目、8月の「NEC軽井沢72ゴルフトーナメント」。決めれば優勝という5mのパットを前に手が震え、3パットのボギーで敗れた。全英制覇前にはほとんどなかったという「手の震え」が出始めていた。「私は勝ち続けているわけじゃないんですけど」と笑って前置きしながらも「私も最近手が震えるというのがあったので」。笑顔の裏で、期待の重みを確かに感じていた。

もう一度、自分のゴルフを

木枯らしは、年間39試合ある女子ゴルフ界に、シーズン閉幕の近づきを告げる。それは同時に、賞金女王争いが最も過酷な佳境に入ったことを意味していた。

11月17日。ライバル・鈴木愛が、伊藤園レディスでツアー史上2人目の3週連続優勝を飾り、賞金ランクトップに立った。その日、渋野は実家のある岡山県から父・悟さんと車に乗り、青木コーチが指導を行う兵庫県西脇市のゴルフ場「パインレークゴルフクラブ」に向かっていた。朝からアプローチ練習を行い、9ホールの練習ラウンドをこなす。いつしか、いつもの笑顔が戻っていた。

軽井沢で凱旋優勝のチャンスを逃した渋野だったが、9月の「デサントレディース東海クラシック」で優勝。最終日に8打差を逆転する奇跡を起こし、最年少での賞金女王戴冠を視野にとらえていた。

それが前日、ツアー26戦ぶりの予選落ちを喫した。獲得賞金0円。賞金女王を争っていた鈴木らに大きく水をあけられる、痛恨の結果だった。「(残り3試合で)一番やってはいけないことをした。もう賞金女王って私の口からは言ってはいけない」。取材エリアでは、賞金女王レースの終戦宣言ともとれる言葉を残し、目を赤くしていた。

試合会場にいなかったコーチにすぐにLINEで連絡を入れ、攻め切れなかった後悔を打ち明けた。たとえ難しい下り傾斜のパットが残るとしても、ピンを狙って高弾道のショットを打つスタイルが真骨頂だった。

ただ重圧は、ときにショット前の葛藤を生む。経験を重ねることで、逆に競技の"怖さ"を知る側面もある。そうしたことが相まって、攻め切れなくなることがゴルファーにはある。加えて、この試合はグリーンが柔らかくボールが止まりやすかった。誰もが攻めに出る状況で、周囲との差は顕著に表れてしまった。

原点へ

シーズン開幕前の目標は、賞金ランク50位以内に入り「賞金シードを獲得すること」だった。それが勝ちを重ねるにつれ、獲得賞金5000万円、1億円、さらには賞金女王と、周囲の期待に沿うように目標の上方修正をしてきた。

青木コーチはそんな渋野に、LINEで「もう一度自分のゴルフをしていこうよ」とだけ返信した。「経験を積めば、攻め切れないこともあると思う。彼女はすごいスピードで結果を残して、一気に色々な経験をわずか一年で重ねてきた。メジャー優勝後は精神面でも現役の日本選手が味わっていないところに足を踏み入れた。終盤に気持ちの面がプレーに影響すると思っていた」

翌日向かった、プロになる前から通う馴染みのゴルフ場では、昔と変わらない時間が流れた。青木コーチの教え子のジュニアゴルファーたちと一緒に練習し、冗談を交えて笑い合う。クラブハウス内には、全英制覇時の写真や新聞記事の切り抜きが飾られていた。

昼食の席には、2日前に21歳の誕生日を迎えたばかりの渋野に、コースからのサプライズでスイーツが運ばれてきた。行き帰りの車内では、ハンドルを握る父とも、久しぶりにプロとしての在り方を話した。

「もう賞金女王は意識しない。残り2試合は自分のためじゃなくて、みんなに成長した姿を見てもらえるように頑張ろう」

気持ちに整理をつけ、成長につなげる能力は彼女のプロとしての最大の資質の一つに思える。初日最下位に沈み、途方に暮れたシーズン序盤の熊本と同じだった。失意の涙は、たった一週間で歓喜の涙に変わる。

物語は続く

11月24日、「大王製紙エリエールレディス」の最終日。渋野は同組・鈴木との壮絶なバーディの奪い合いを本来の攻撃的なゴルフで制した。 「今日ほど誰かのために勝ちたいと思った日はなかった。あの予選落ちは無駄じゃなかった」

勢いに乗ってつかんだ国内、海外のメジャー2勝とも、上位陣が最終日にスコアを落とした他の2勝とも違う味。優勝争いの重圧としっかりと向き合って、1打差で競り勝ったチャンピオンがそこにいた。

最終戦は2位に終わり、約750万円差で賞金女王は鈴木に譲った。それでも新人としては最高額になる年間1億5261万4314円を獲得し、賞金ランク2位になった。そして何より、結果以上に鮮烈な印象を残した。

「(今年の活躍は一言で)謎です(笑)。シーズン開幕前はこんな結果になるとも思っていなかったし、ビックリ。でもこの経験は財産になると思います。あとは最後のバーディでスッキリしましたね」。1年を振り返り、渋野は清々しく言った。

激動のシーズンを終えた数日後。渋野はトレーナーとともにトレーニングで早くも体を追い込んでいた。テレビで見ない日はない。そんな多忙なオフでも、本業には力を入れ、年明けには合宿を予定している。

2020年は「最大の目標」と語る東京五輪が行われる。2021年の米ツアーに参戦することを目指す、と宣言もしている。成長物語は、まだまだ終わりそうにない。(編集部・林洋平)

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