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日韓、そしてアジアをつなぐ架け橋に 「シンハン ドンヘ オープン」の青写真

◇国内男子◇シンハン ドンヘ オープン 最終日(11日)◇KOMAカントリークラブ(奈良県)◇7065yd(パー71)

日本、韓国、アジアの3ツアー共催試合は比嘉一貴の優勝で幕を閉じた。各ツアーのトップ40の選手に加え、PGAツアー3勝のキム・シウー(韓国)も参戦。国際試合は準備に時間を要し、大会側は数カ月前から400人以上のビザ発給などに奔走した。コロナ禍でのウイルス検査などハードルはいくつもあったが、大会の日本初開催は長い間の念願だった。

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大会が産声をあげたのは1981年。韓国の大手金融機関「新韓銀行」のイ・ヒゴン名誉会長らの手で、同国のゴルファーの成長を促すべく「ドンへオープン」としてスタートした。新韓銀行、そして今年の会場・奈良県のKOMAカントリークラブはいずれも在日コリアンの資本によって設立。同行のPR部門の副ゼネラルマネジャー、イ・ジョン氏は「KOMAカントリークラブ、シンハン ドンヘ オープン、そして新韓金融グループはいずれも1980年代初頭に全て同じメンバーが創立し、日本と韓国が長く仲良くできることを願い続けたのです」と言う。

韓国をルーツにするゴルファーは今や世界のツアーをリードする一大勢力とはいえ、国内でのゴルフの歴史は長くない。現在は申ジエらのマネジャーでもある日本女子ツアー1勝の金愛淑(キム・エースク)は80年代初頭の韓国ゴルフ界をこう振り返る。「特に女子にうまい選手が少なく、アマチュアの国際試合に在日韓国人が韓国代表として出場したこともありました。日本では青木功さん、岡本綾子さんが米国に渡った時代ですよ」

韓国・朝鮮語のルールブックすらなかったその頃、本国のゴルファーにとって架け橋のような存在だったのが、今大会の創設メンバーをはじめとした在日の人たちだった。日本の先進的なクラブやボール、ゴルフ文化を持ち込んだことでレベルアップに寄与。金も当時それを喜んだ一人で、「日本のゴルフ雑誌に掲載されていた岡本綾子さんのスイングの連続写真を切り抜いて、松の木に貼り付けたのを見ながら何度も素振りをしました」と回想する。日本のプロテストに合格し、ツアーに参戦するようになってからも同胞の手助けがあった。

2017年にKOMAカントリークラブを傘下にした平川商事(大阪府八尾市)の平川経都・常務取締役は今回の開催にあたって国内男子ツアーの他大会も視察し、尽力した。3ツアーのスタッフが海を越えて打ち合わせを繰り返す様子を目にして「全員でプランニング、プロデュースされていることがうかがえて、大変だと思いました」とうなずく。「これまでの歴史を考えると政治の面では日本と韓国は必ずしも良い関係ではなかったかもしれない。それでも民間レベル、スポーツやゴルフにおいては国境を越えて3つの団体が一緒にやることに意味がある」と感慨深げに言った。

大会は来年から3年間の契約延長を決めた。今年と同じ3ツアーの共催で行う。新韓銀行のイ氏は「トーナメントの華はプレーヤーです。プレーヤーが一番出たいと思うアジアのトーナメントにしたい」と青写真を描いた。架け橋としての役割はもっと大きくなっていく。(編集部・桂川洋一)

桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール

1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw

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