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2012年 ノーザントラストオープン
期間:02/16〜02/19 リビエラCC(カリフォルニア州)

佐渡充高が簡単解説!初めてのPGAツアー【第二十五回】

2012/02/14 11:16

■ 「ノーザントラストオープン」の歴史

今年で86年目を迎える。88年までは「ロサンゼルスオープン」として親しまれ、幾度と冠スポンサー企業の変更を経て、95年から「ニッサンオープン」、2008年から現大会名に改められた。商工会議所のベテラン達が青年部に「もっとコミュニティーに密接なイベントを」と、1926年に討議され実現している。歴史の長い大会としては6番目(1895年「全米オープン」、1899年「ウエスタンオープン」、1904年「カナディアンオープン」、1921年「全米プロ」、1922年「テキサスオープン」)。開催場所であるリビエラCCは、ポアナの入ったベント芝でグリーンがとても難しい。ポアナ芝は北極でも観測されたくらい強い芝なので、この芝をプレーしたシューズでリビエラをプレーすると、種を運んできてしまうため数種の芝が混じる。フェアウェイとラフはキクユ芝。ラフに入るとヘッドが負けてクラブが抜けにくく脱出は困難を極める。

■ アメリカ人にとって思い入れのある大会

リビエラのクラブハウスからコースに向かう斜面に、ベン・ホーガンの彫像が立てられている。リビエラは“ホーガンズアレー(ホーガンの庭)”とも呼ばれ、彼はここリビエラで行われる大会で好成績を残し、1948年に行われた「ロサンゼルスオープン」、同年の「全米オープン」、「全米プロ」を含む10勝を挙げ、当時は負けなしという強さを誇っていた。翌1949年、再びリビエラで勝ち、妻と車でテキサスの自宅に戻る途中、グレーハウンドのバスと正面衝突する事故を起こし、瀕死の重傷を負うことになる。霧の深い夜で、対向車線を走るバスが追い越しをかけてきて、ホーガンの車が巻き込まれた。妻を守るために身を挺して自らが怪我を負ってしまう。その事故により、テレビや新聞などのメディアは、ホーガンの選手生命について絶望的な見方を示した。しかし、そのホーガンが約1年後の「ロサンゼルスオープン」に戻ってきたのだ。そのときは、サム・スニードにプレーオフで敗れて優勝は逃したものの、2位でフィニッシュし復活の烽火を上げた。しかし体はとても弱っていた。ある新聞記者は「ベン・ホーガンはゴルフ場で座ることが一切なかったのに、この時ばかりはキャディバッグに腰を下ろしている場面を何度も見た」と。完治していないにも関わらず復帰初戦で2位フィニッシュ。その後も彼は勝ち続けるという驚異的な復活劇を演じた。まさに物語のある大会である。その奇跡の復活を称え、ここリビエラに彫像が建てられたのである。

アメリカ人の多くはホーガンの「モダンゴルフ」というレッスン書をもとにゴルフのスイングを作ってきた。どこのゴルフショップにも置いてある教本である。しかもホーガンを知らないアメリカ人はいない。だからこのリビエラに出場する選手は、この胸像を見ながら様々な思いを胸に戦う。それがリビエラの面白さであり、アメリカ人にとっては、とても大事な試合、思い入れのある大会なのだ。

佐渡充高(さどみつたか)
ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。

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