米再挑戦の石川遼「30歳になって時間がくっきり見え始めている」
“パティアイス”のニックネーム 年間王者カントレーの誇り
2年以上も戦線離脱を強いられた背中のケガから復帰して5年、パトリック・カントレーがPGAツアーの頂点に立った。プレーオフシリーズの最後の2試合を連勝し、2020―21年シーズンのフェデックスカップ年間王者に。ツアーで活躍する選手が自らを語るコラムシリーズは、常に冷静な立ち振る舞いから「パティアイス」(Patty Ice)のニックネームを持つ29歳がベストシーズンを振り返った。
「あり得ない」フォーマットの重圧
長い一年だった。もう、いつ始まったのか思い出せないくらいだ。試合が多くて、ゴルフばかりしていたこと、ゴルフへのプレッシャーを抱え続けたことで、今は本当に疲れている。でも最高だった。これ以上リードしていなくていい、もう終わったんだ。この瞬間、大切なときに力を出し切れた自分を誇りに思う。
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「ツアー選手権」は前の試合までの累積ポイントによって、スタート前のスコアが決まっているフォーマット。普通の大会ではあり得ない経験だ。自分が他選手をすでにリードしている立場からの“試合開始”は本当に大変なんだ。
後続から追う立場なら、チャンスが来たとき、力のこもる瞬間に都度集中すればいい。けれどリードする方の考え方は違う。常に切迫感がある。その中でも僕は自分を「もっとバーディが必要だ」と鼓舞し続けた。毎週ベストを尽くそうと思っているけれど、最後の週はいつも以上に気合が入った。
世界のトップ選手を相手に競い合い、この瞬間を味わうのが、まさに僕がゴルフをする理由だ。だから一生懸命練習する。ゴルフは競争という意味で最高のスポーツだから、大好きだと思える。緊迫した中で打てた素晴らしいショットはその後の財産になる。シーズン終盤の数週間の最高のショットの数々を考えると、残りのキャリアもきっと前進できると自信が湧いた。
背骨を疲労骨折 ブランクを経て
2013年に背中のケガ(背骨の疲労骨折)をして、2年以上試合に出られなかった。故障を通じて学んだのは、物事に対する見方が変わったことだ。若い頃はゴルフがどんどんうまくなっていると感じたし、人生も順風満帆だと感じていた。だからこそ、故障は最悪と呼べるような出来事だった。人生のどん底だと感じた。ゴルフをやめて大学に戻ろうかと思うところまで行った。大変な時期を乗り越えてここにいられることが何よりもありがたい。その後の努力が報われたことを心底喜んでいるし、最高のプレーができた自分を誇りに思う。
ラッキーだったのは僕のゴルフ人生に最高のチームがついてくれたことだ。一番苦しかった時期も気にかけてくれる友人がたくさんいて、家族がいつもそばにいた。いつ、だれに連絡してもアドバイスをくれる最高のネットワークがある。みんなには感謝してもしきれない。
アマチュア時代にツアー大会に出場していたとき、好成績を数試合続けた夏があった。当時のある記事に「プロであれば40万ドルを稼いでいたはずだった」と書かれていたのを目にして、夢みたいだと思ったんだ。お金のためにプレーしていたわけではないから、残念だとも思わなかったけどね。
ただ、プロになった今でも僕は必要以上のお金のためにゴルフをやっているわけではない。トーナメントで優勝するため、緊迫した状況の中で最高のショットを打つために、人生をかけて練習をしている。その結果、優勝したら最高の気分になる。賞金は後からついてくるものでしかない。
「パティアイス」というニックネームは最近、いつの間にかついていたんだ。予想外だったけどね。数週間前に耳にするようになって、プレーオフで一気に広まった。多くの人がそう叫んでいた。「ツアー選手権」ではあらゆるところで「パティアイス!」と聞こえて、応援されていることが分かった。
プレッシャーの中でも冷静でいられる自分の性格から来たニックネームは、たしかに僕の性格に合っている。だから気に入っているんだ。