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プロ10年目の2017年へ 石川遼の告白「自分に甘い」

2008年1月のプロ転向から、もう9年が経つ。石川遼の2016年はこれまでのキャリアを振り返ってみても、ワーストと言える一年だった。米ツアー出場中の2月に腰椎の故障で戦線離脱。約半年間プレーから遠ざかり、年間出場試合は日米合わせて12試合に留まった。GDOで企画した松山英樹との対談では、復帰プロセスの詳細を語った。

松山が米ツアー2勝目を飾った今年2月の「ウェイストマネジメント フェニックスオープン」は、石川にとっても転機になる大会だった。ただし、松山とはまったく逆の意味で――。大会2日目の早朝、石川は腰への強い違和感を抱いた。「休めば良くなる」。そんな思惑は外れ、翌週の「AT&Tペブルビーチナショナルプロアマ」を急きょ欠場。その後、帰国して精密検査を受け、腰椎椎間板症と診断された。

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復帰したのは7月の国内ツアー「日本プロ選手権 日清カップ」。飛距離が戻らず、あえなく予選落ちしたが、石川にとっては「スイングをしても痛くなかった」ことが何よりの収穫だったという。カムバックして2試合目、8月末の「RIZAP KBCオーガスタ」ですぐに優勝。その後、出場した日本ツアーの試合はすべてトップ10入りしてシーズンを終えた。

とはいえ、本当の意味での復活は主戦場の米ツアーでの活躍にある。公傷制度を利用して戻った2016-17年シーズンはまず、昨季欠場分として認定された20試合でフェデックスカップポイント399ptを積み上げ、シードを維持するのが最低限の目標になる。マレーシアでの「CIMBクラシック」を10位で終え、数値的には残り17試合で330ptとしたが、まだなお容易い数字ではない。

同学年の戦友である松山とはいま、同じツアーで戦っているとはいえ、差は歴然としている。だが石川は、世間に嘲笑されようとも、日本男子プロの“顔”の座を奪われた現状を素直に受け止めてきた。メディアからどんな質問が飛ぼうとも、いら立つ様子も見せず、すべてに真摯に答えてきた。

そんな中、どんなに世間の見方が変わろうとも、石川の力を信じて疑わなかったひとりが松山だった。11月の「ISPSハンダワールドカップ」。世界ランキングの日本最上位の松山は、石川が故障離脱していた時期も「遼には力がある」とパートナーから外すことを考えず、実際、一緒に日の丸を背負った。

石川は近年の米ツアーの戦況を誰よりも知るからこそ、松山の強さ、偉大さを人一倍理解できる。そして、自らと比較してこう言う。「おれは自分に甘いところがある。英樹はみんなが『なんでそれで納得しないの?』と思うけれど、自分の場合は、周りが納得したら、おれも納得しちゃうっていう、自分の弱さを、すごく感じます」――。

松山は加速度的に前進し続けている。その背中をいつまでも、遠く感じてはいられない。石川の心中は危機感に満ちている。(編集部・桂川洋一)

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