今も大きなその背中 「認められたい」松山英樹が胸を打たれた復活優勝
◇米国男子◇チャールズ・シュワブチャレンジ 事前(27日)◇コロニアルCC(テキサス州)◇7289yd(パー70)
1週間のオフをとってツアーに戻ってきた松山英樹の胸には、新たなモチベーションも備わっている。直近の出場試合だった2週前の「全米プロゴルフ選手権」。最終日の朝、うれしいニュースが日本から舞い込んだ。国内ツアー「関西オープン」で36歳の藤本佳則が飾った12年216日ぶりの復活Vを「本当に、めちゃくちゃうれしい」と米国で喜んだ。
松山にとって藤本は2学年先輩にあたる。ジュニア時代に全国大会で顔を合わせ、2008年「日本アマチュア選手権」ではマッチプレー戦でぶつかり、力を見せつけられた。背中を追うようにして10年に東北福祉大に進学。チームメートになると、その存在をいっそう頼もしく思った。
ゴルフ部の団体戦は総じて、各選手の合計ストロークで争われる。「僕たちのスコアが暴れても、結局ヨシさん(藤本)がなんとかしてくれた。『いい加減にしいや』って怒られもしたんですけど(笑)」。“エース”から学んだのはコースでのスコアメーク術だけにとどまらない。当時、寮生活を送っていた松山は練習後に学校の課題をこなすため、同級生の車に同乗し外出することがあった。「門限ギリギリに帰ると、(藤本は)明かりの下でずっと素振りをしていたんです。それを見た瞬間、ゾッとした。『トップにいる人がここまでするのか』って」
身近な先輩は尊敬の対象であり指標だった。だからこそ、藤本が12年にプロ転向5戦目にして飾った初優勝(日本ツアー選手権)は、松山にとっても大きな出来事に違いなかった。「一番になるためにはあの人に勝たないといけない、勝てばプロの世界でもやっていけると思っていたから、『オレの思う判断基準は間違っていない』と再認識できた」と、確信を持って次のステージに向けた準備ができた。
思いがけず、藤本は13年に2勝目を挙げてから、次の1勝を手にするまでに13年近くかかった。米国で松山はスマートフォンを何度も見返し、「勝った時の表情…なんか、ヨシさんらしいなって。最後はもう勝ちを確信して、笑いながら打っていた感じも、懐かしくなった」と感慨に浸った。
「長く苦しんだ選手が勝つこと、特にヨシさんについては思うところがすごくある。体の状態が良くなったことが大きいのかなと思うんですけど、ゴルフも復活した。僕は大学に入る前からヨシさんを意識して、『この人に勝ちたい』という気持ちがあったから頑張れた」。ふたりはもう何年も、頻繁に連絡を取り合う仲ではない。「でもヨシさんは僕にとってはずっとライバルのひとり。(藤本に)認められたい。面と向かって、認められたい気持ちもあるかもしれない」。国内外でどれだけ実績を重ねても、松山はそう言う。(編集部・桂川洋一)