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アウトオブバウンズな世界紀行

「風を読む達人」San Diego, CA

2020/03/11 12:30

心地よい海風をセイル(帆)に受け、船はゆっくりと滑るように動き始めた。「エンジンを切って、風だけで進み出す瞬間が最高なんだよね」と、操舵輪を握るその人は言うのだが、その快感はただ同乗しているだけでは味わえない。そのことに気付いたのは、もう少し時間が経ってからだった。

(これは取材で世界を旅するゴルフ記者の道中記である)

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その人(ここではRさんとする)は“アメリカンドリーム”を体現しているような人である。日本を飛び出してアメリカでキャリアを築き、56歳で悠々とリタイアした。趣味として始めたのがセイルボートだ。船にはエンジンも付いているが、それを使うのは出入港時や緊急時。沖に出るとセイルを張って、風を使って航行する。最近は週に2回ほど海に出ているということで、この日はお願いして同乗させてもらったのだ。

直感的にはやや不自然だが、セイルボートは風上にも進んでいける。真横から風を受けると、もっとも速度が出るという。ペリカンのくちばしのようなサンディエゴ湾は、奥に進むと左手にダウンタウンの摩天楼と、いまは博物館として公開されている空母ミッドウェイが見えてくる。反対の外洋側に舳先を向ければ、右手にサンディエゴ国際空港、左手には海軍基地があり、湾内には大きな軍艦も停泊している。

都市と青い空、きらめく海面の贅沢なコントラストを堪能していたが、ふと目を向けると、Rさんは常にせわしなく動いていた。海上を見渡して、航路の安全と風向きを確認する。船艇左右にあるウインチを使って、セイル調整用のシート(ロープ)を巻いたり、ほどいたり。セイルをわずかに動かすだけで、船は勢いよく走り出したり、風の中でも止まったりする。横風をまともに受ければ船は大きく傾くし、操作を誤ればあらぬ方向へと流されてしまう。大きな船が近づいてきたときは要注意だ。なにせ、動力は気ままな風だけなのである。

だからこそ、自由自在に操れるようになったときの万能感も格別だろう。「ハワイに行くのが最終目標」とRさんは野望を語る。それは、陸地の見えない大海原で嵐や大波、日照りや闇夜に対処しながら、食料や飲み水を確保して、何日も過ごす孤独な旅だ。想像しただけで身震いがする。人類の歴史上、多くの先人たちも、こうして未知の大海に漕ぎ出していったのだ…。

ところで、なぜRさんがセイルボートに興味を抱いたかということは、少し仕事に関係する。ゴルフボール開発をしていた氏だったが、どんなに良いボールを作って、どんなに良いショットを打ったとしても、最終的に風を読めなければ、よい結果につながらない。風を読む力。いったい、だれが風を読めるのだろう?と考えたとき、船乗りが思い浮かんだという。この話を別の知人にすると、「それなら気球乗りがいちばん風を読めると思うよ」という指摘。うーん、たしかにそれも一理ある(だけど、風上には進めない!)。海、空、山、そして果ては宇宙まで…じつに世界は冒険にあふれているな。(編集部・今岡涼太)

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