ミッシェル・ウィのプロフィール&戦績
2023年 全米女子オープン
期間:07/06〜07/09 場所:ペブルビーチゴルフリンクス
天才少女、男子ツアー出場に奇抜ウェア…現役引退ミッシェル・ウィの足跡
◇海外女子メジャー◇全米女子オープン◇ペブルビーチGL (カリフォルニア州)◇6509yd(パー72)
天才女子ゴルファーとして名を馳せたミッシェル・ウィが「全米女子オープン」で現役生活にピリオドを打った。幼い頃から注目され、16歳でプロ転向。日本の男子ツアーにも参戦したヒロインの足跡を振り返る。
<< 下に続く >>
ハワイ生まれ
1989年10月11日、ハワイ州ホノルルで生まれる。ハワイ大の教授だった父ビョンウクさん、「韓国女子アマチュア」優勝経験がある母ボーさんの影響を受け4歳でクラブを握った。10歳で「全米女子アマチュア」の予選を通過。さらに「全米女子アマチュアパブリックリンクス」に最年少(当時)で出場した。12歳にして米女子ツアーに初参戦。13歳でメジャー「クラフト・ナビスコ選手権」(現在のシェブロン選手権)で9位、「全米女子オープン」で39位の成績を残した。89年生まれは宮里美香や森田理香子と同学年。
男子ツアー出場
2004年「ソニーオープン」に出場し、PGAツアーでプレーした史上4人目の女子選手になった。05年10月、16歳の誕生日直前にプロ転向。同月の米女子ツアー「サムソンワールド選手権」でのデビュー戦は、最終ラウンド後に球の処置を誤ったことが発覚し、過少申告で失格に。11月に日本男子ツアー「カシオワールド」に挑戦したが予選落ちした。翌年も同大会で決勝ラウンド進出はならず。当時、明徳義塾中高に在籍していた松山英樹は場内でボランティアを務め、その姿を目に収めていた。
10代で騒動の中心に
2005年に予選会を突破した米女子ツアーでは年齢制限の壁に阻まれ、18歳までシードを得られなかった。手首のけがに苦しんだ07年に出場した米女子ツアーの試合で16ホール終え14オーバーをたたき途中棄権。ツアーの「1ラウンドで“88”以上を記録した非メンバーはその年の試合に出場できない」という規定を考えたものと推測され物議を醸した。プロ転向直後はキャディの交代劇も話題となり、最初の相棒だったグレッグ・ジョンストン氏が代理人からの電話で突然コンビ解消を知らされたことも。同氏は現在、畑岡奈紗とタッグを組んでいる。
ウッズの後輩に
2007年秋にタイガー・ウッズらを輩出したスタンフォード大に入学。コミュニケーションを専攻し「ここにいる友達は、ゴルフなんて知らない。それぞれの人となりを知りながら、友達になれる」と充実したキャンパスライフも送りながら、2009年11月「ロレーナ・オチョア招待」で悲願のツアー初優勝を挙げた。14年6月、史上初めて男女が2週にわたって同じ会場(パインハーストNo.2)でナショナルタイトルを争った「全米女子オープン」でメジャー初勝利。2018年の「HSBC女子チャンピオンズ」までにツアー通算5勝をマークした。
パッティング姿勢やウェアも話題
183cmの長身、手足の長いスラリとしたプロポーションにはいつも視線が集まった。上半身が水平になるほど腰を折った独特のパッティングスタイルを編み出したのは、まさにメジャータイトルを手にする直前だった。2017年にシンガポールなどで披露した、テニス選手のようなタンクトップにミニスカートというコーディネートは露出度の高さから「水着のようだ」と賛否の声が上がった。既存のゴルフウェアや女子ゴルファーのスタイルに一石を投じる存在だった。
結婚、出産
手首の故障を理由に2019年6月の「KPMG全米女子プロ」を最後に長期離脱し、同8月に結婚。夫のジョニー・ウェスト氏は元NBAのスター、ジェリー・ウェストの息子で、スポーツエージェントとして働いた後、長年ゴールデンステート・ウォーリアーズの幹部を務めている。20年6月に長女のマケナ・カマレイ・ユナちゃんを出産。カマレイはウィが生まれたハワイの言葉で「最愛の子」の意味を持つ。21年3月の「キア・クラシック」で復帰したが、同大会を含めて出産後の出場は3年で9試合にとどまった。
引退はペブルビーチで
ペブルビーチGLでの2023年「全米女子オープン」で現役引退。アニカ・ソレンスタム(スウェーデン)との同組という花道が用意され、予選2日間で14オーバーと振るわなかったが、最終18番(パー5)で9mのスライスラインを沈めて大歓声を浴びた。「ラウンド中、ずっと涙をこらえていました。何もかもが変わったようにも、変わらないようにも感じる。不思議で、現実とは思えない気持ちです」。2日後に優勝したのは同じハワイ出身のアリセン・コープス。2008年の「全米女子アマチュアパブリックリンクス」でウィの最年少出場記録を塗り替えた次世代の選手だった。