PGAツアーを背負って立つ! 「スピース世代」の躍動
2019年 セントリートーナメントofチャンピオンズ
期間:01/03〜01/06 場所:プランテーションコースatカパルア(ハワイ州)
笑顔の強者 遅れてきたクラス11
「セントリートーナメントofチャンピオンズ」はザンダー・シャウフェレが、最終日にコースレコードタイの「62」をたたき出し、米国ツアー通算4勝目を飾りました。
最終日にトップからスタートしたゲーリー・ウッドランドもこの日「68」ということで、決して自滅したわけではなく、5打差をひっくり返したシャウフェレの強さが勝った結果となりました。まさにこの日のプレーは、年に一度出るかどうかといった神がかったものでした。
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シャウフェレは2015年にプロ転向し、米ツアー3年目を迎えた25歳。ジョーダン・スピース、ジャスティン・トーマス、ダニエル・バーガーといった「クラス11」と呼ばれる、2011年に高校を卒業した黄金世代のひとりです。
ただ、彼はスピースらのようにアマチュア時代から注目されていたわけではなく、表舞台に上がったのはおととしのルーキーイヤー(2016-17年シーズン)のこと。プレーオフ最終戦「ツアー選手権」を含む2勝を挙げましたが、すでにスピースはメジャー覇者、トーマスはこの年の年間王者、バーガーは2015年のルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲り、同世代のメンバーは彼のはるか先を進んでいました。
有名なエージェントと組み、名コーチや名キャディをつけてラウンドしているスピースらに対し、シャウフェレのコーチは父親。キャディは大学時代の友人と決して恵まれた立場ではありません。彼のインタビューのなかでも「(クラス11として)彼らと同じ枠に入れてもらえるのは、まだまだおこがましいよ」と笑顔で謙遜する姿を多く見かけます。
身長178cmとやや小柄な体型にもかかわらず、300ydを超える豪快なティショット。冷静な判断力と安定感のあるショートゲーム。フランス人とドイツ人のハーフである父・ステファンさんは10種競技で五輪出場を目指していたほどの選手で、身体能力の高さは折り紙つきと言えます。ただ、そんな彼の強さを物語るうえで外せないのが、しびれるシーンでも決して動じないメンタルの強さです。これまでのキャリアにおいて、頭に浮かぶ場面が2つあります。
ひとつは彼がルーキーイヤー最終戦「ツアー選手権」を制した際、18番でバーディパットを決めた時に見せたおどけた笑顔。1打差の2位にトーマスが迫っており、外せば並ばれてしまう緊迫したシーンで、彼の放った1mほどのショートパットがカップぎわでクルリ。辛くも沈めたものの、並みの選手ならほっとした表情を見せるところを、彼は子供が大はしゃぎするような笑顔でリアクションを見せたのです。
そしてもうひとつが、昨季の「全英オープン」終盤でした。優勝争いをしていた大事な局面(結果は2位タイ)で、彼がショットに入る直前にギャラリーの子供が動いてしまうアクシデントに見舞われました。仕切り直しを余儀なくされ、通常ならいら立ちを見せる場面でも、彼はニコッと笑顔。その子にひと言だけ注意をして去って行きました。初めて迎える大舞台での息詰まる最中に、ツアー1、2年目の選手とは思わせない落ち着いた対応は、なかなかできるものではないと思います。
どのような状況でも周りに心を乱されることなく、いつも通り自分のパフォーマンスが発揮できる。オンとオフの切り替えがうまい。このような能力は、絶対的にゴルフに必要なものと言えるでしょう。
遅れてきたクラス11メンバー。彼が圧倒的な強さでメジャー制覇する瞬間も、そう遠くはないかもしれません。その時の表彰台でもきっと変わらぬ笑顔を見せていることでしょう。(解説・佐藤信人)
- 佐藤信人(さとう のぶひと)
- 1970年生まれ。ツアー通算9勝。千葉・薬園台高校卒業後、米国に渡り、陸軍士官学校を経てネバダ州立大学へ。93年に帰国してプロテストに一発合格。97年の「JCBクラシック仙台」で初優勝した。勝負強いパッティングを武器に2000年、02年と賞金王を争い、04年には欧州ツアーにも挑戦したが、その後はパッティングイップスに苦しんだ。11年の「日本オープン」では見事なカムバックで単独3位。近年はゴルフネットワークをはじめ、ゴルフ中継の解説者として活躍し、リオ五輪でも解説を務めた。16年から日本ゴルフツアー機構理事としてトーナメントセッティングにも携わる。