“重い”日本のゴルフへの思い/石川遼インタビュー ゴルフ未来予想(1)
ビギナーの“入り口”をもうひとつ/石川遼インタビュー ゴルフ未来予想(2)
石川遼は昨年9月に32歳になった。人生の半分に及ぶプロ生活で、幅広い分野で日本のゴルフ界に影響を与えてきたことは疑いようがない。本人の関心は個人の技術だけでなくジュニア育成をはじめ多岐にわたる。ゴルフの将来への希望を考える2024年の新春インタビュー。全3回の第2回はコロナ禍で増えたビギナーとの向き合い方、そしてゴルフの楽しみ方を提案するアイデアの“源泉”を石川自身の経験から語った。(聞き手・構成/桂川洋一)
「コロナバブル」の功罪
2020年の新型コロナ禍は社会的に大きな苦難をもたらした一方で、三密(懐かしいフレーズ…)を避けられるゴルフの価値が見直された。矢野経済研究所によれば、同時期にゴルフを新たに始めた、あるいは再開したゴルファーは約94万人に及ぶ。喜ばしい半面、その影響からビギナーのゴルフ場での振る舞いが問題視されることも少なくない。
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そういった類の話は石川の耳にも届いている。「コロナ禍で初心者というか、すごくたくさんの“ライト層”がゴルフを始めてくれた。そういったエンジョイ勢のゴルファーと、ガチ勢、猛者(もさ)たちの共存が難しくもなっている」。スロープレーをはじめとしたマナー違反に頭を抱える“先輩”ゴルファーも少なくない。放置するわけにはいかないが、怒ってばかりいては新規層の参入を阻むことにもなりかねない。
「うれしいことに、ゴルフをやる人が増えてくれた。ただこれは結構、偶発的に増えたわけじゃないですか。たぶん経験者の分母に対して、初心者の方の分子がすごく大きくて、経験者ひとりが教えることになる初心者の数があまりに多く、マナーや技術を教えるのが追いつかないぐらい爆発的に増えたと思うんです。だから仕方ない部分は当然ある」
経験者と初心者の間で、いさかいが起こっても不思議ではない。ベテランゴルファーのひとりとして、石川は自戒を込めて話す。
「急にそういう状況になって、初心者ゴルファーの統率というか『こちらへどうぞ』とちゃんと誘導していけるシステム、人もいなかった。初心者の人たち同士(だけ)でゴルフを始めることで生まれてしまった、“先輩たち”とのちょっとしたすれ違いもあったと思う。みんなで健全にゴルフを楽しむために『こうやりませんか』と(経験者側が)やるべきだった」
バブルと言える絶好機に、あらゆるゴルファーや団体、企業がここぞとばかりに一丸となってゴルフ普及に寄与したかというと疑問が残る。
初心者大歓迎!のゴルフ場はある?
「でも、何かやらなきゃいけないんだろうなと思います」。まだ遅くはない。石川はそう信じる。「例えば『初心者の方、大歓迎』みたいなゴルフ場がないと、初心者がゴルフを始めるには難しいところがある。調べるのも難しいと思うんですよ。日本にもいろんなゴルフ場があって、コースレート(コースの難易度を示す指標)というものがあるぐらいですから、(競技用の)トーナメントコースはトーナメントコースであっていいし、逆に言うと、やさしめのゴルフ場だってある。ただ、それを探すのが初心者の方には大変」
ビギナーを受け入れることは、ゴルフ場にとっては経営的にもリスクかもしれないが?
「あるいは、初心者優先の日を作るとかね。『初心者大歓迎!』としてもらったゴルフ場には、ゴルフ界がそのコースを支援、バックアップする。例えば僕ら(プロゴルファー)が協力して、マナーに関する動画を作って、それをカートで流すとか…。『初心者の人を受け入れてくれませんか』というお願いが(経験者側からも)あっていい。そういったゴルフ場が各都道府県に1つずつくらいあったら、もっと面白くなるかなって。経験者と初心者、どちらの立場にも立って考えてほしいし、考えたいと思う」
ウェアやプレースタイルの多様化の訴えは未来を見据えてのこと。「ゴルフは技術的には本当に難しいスポーツかもしれない。技術的に難しいことを最初にやらなきゃいけないからこそ、その“入り口”をもうひとつ作った方がいいんじゃないか、という提案です」
ゴルフマナーの本質とは
ビギナーをどんどんゴルフ場へ。産業の裾野を広げる上で肝心だが、経験の浅いゴルファーがコースを野放図に荒らしていいわけではない。石川は「どこまで行ってもTPOは大事。ゴルフの本質的なところはリスペクトしながら、みんなで気軽にゴルフを楽しんでいきたい」と真剣に説く。
「ショットが隣のホールまで曲がっているのに『フォアー!』と叫ばず、(打球)事故が起きたら最悪。いくら初心者とはいえ『え?そんな決まりがあるんですか?』という状態でゴルフをするのは、やっぱり良くない。危ないですから。どこで学ぶかが難しいけれど、それは教えないといけない」
「でもね、『バンカーではソール(クラブヘッドを砂につけて構えること)しちゃいけない』とか『ティショットを打つ時に“出ベソ”(ティマークより前から打つこと)した』とか、そんなペナルティなんかは(競技でなければ)僕は割とどうでもいいと思っていて。バンカーから出せなかったら、手で投げたっていい。最初はとにかく『ゴルフ場にいると楽しい』という時間だけ体験してほしい」
「細かいルールをうるさく言うんじゃなくて、第一は事故なくプレーすること、『事故を起こさないために、これは守ってください』ということをまずは伝える。あとは、後続の組が詰まってしまうのはゴルフ場の運営的にも良くない。みんながスムーズにプレーできるよう促すことはすべきかなと思う」
ゴルフはひとりでプレーできるが、独りよがりでプレーすべきではない。そのために競技用のルールと最低限のマナーが存在する。ではゴルフのマナーにおける前提とはなんだろう。
「僕はジュニアの時、『自分がプレーした後、後ろの組の人たちに“アンラッキーな思いをなるべくさせない”というところからマナーは成り立っている』と教えられました。例えば、バンカーショットをした後、砂をならさなくても自分のプレーには影響がないけれど、ならさなかったところに後ろの組の人のボールが入ってしまうのはダメですよね。グリーン上のピッチマークを直すこともそうだし、ターフを取った後の目土も、後ろの組の人への配慮でしかない。そこが本質的なところではある」
「クラブハウスのトイレで洗面台を(使った後に水滴を)タオルで拭くゴルファーは僕らの世代に結構多いんですけど、あれも『次に使う人のことを考えよう』と、めちゃくちゃ口すっぱく言われたからこそなんです」
一つひとつのマナーにせよ、世代や層を超えたゴルフの幅広い普及にせよ、「後ろの人のために」はキーワードになるかもしれない。
ゴルフの未来を考えるワケ
ゴルフの敷居を、ハードルをもっともっと低くしたい――。賞金を稼いで生計を立てるツアープロである石川が、具体案を示しながらゴルフの普及に本気になる理由。それは少年時代の苦い体験に由来する。
「僕が通っていた小学校(埼玉・松伏小)は当時、全校で1000人以上生徒がいたけれど、ゴルフをやっている子どもが僕と、もうひとりしかいなかったんです。その子も家族でたまに打ちっぱなしに行く程度で、競技ゴルフをやっている生徒は僕だけ。周りから『彼、ゴルフやってるらしいよ』とすごく珍しい感じで見られていた。だから、なんだろう…堂々とできなかったというか」
「小学校4年生の頃、ひとりでキャディバッグを担いで、電車に乗ってゴルフ場に行ったことがあるんです。その時に一緒の車両に乗っている人からの視線がめちゃくちゃ痛かった。(ある)オジサンが『なんでこんな奴がゴルフやってるんだ』とつぶやいた声が聞こえたんですよ。練習場で『大人でないと入れません』と言われて断られたこともある。『若い人がこんなにやりにくい、ゴルフというスポーツをオレはやっているんだ…』って思ったところが結構、いまだに自分のこういう行動に影響を与えている。『これからゴルフはこうあってほしい』と思うのは、自分の経験に基づいているところがあります」
電車の中で肩身の狭い思いをした約6年後、石川遼の名前は日本中にとどろいた。それから10数年が経った今も、同じような境遇にいるかもしれないゴルファーのために戦うことをやめない。