プロ野球選手の父の存在
2024/11/02 05:00
まだブレーキに手が届かない父の自転車で何度も転び、それでも乗ろうとするような「とにかくおてんばでした」と福嶋晃子は照れながら語る。好奇心旺盛で何でもやってみなければ気がすまない性格の少女だったという。高い木を見つけては登り、泥だらけになるまで外で遊ぶ。家に帰ると、母から嫌がられた。体を動かすことがとにかく好きだったため、スポーツにもすぐのめり込んだ。水泳やクラシックバレエをやってみたが、プロ野球選手だった父久晃(ひさあき)さんの影響もあり、真剣にやりたいのは野球だった。しかし、当時女子野球は盛んではなく「ゴルフでもやってみるか?」と父の勧めで、庭にあった野球練習用のネットに向かってクラブを振ったのがゴルフとの出会いになった。久晃さん曰く「クラブを初めて持った時のスイングとプロになってのスイングはそこまで変わっていない」。ゴルフのセンスはこの頃からすでに輝いていたのかもしれない。
転機はゴルフを始めて半年後に訪れる。10歳の時、東京・後楽園で開催されたゴルフのイベントで「アッコちゃん飛ばした180m」と写真付きで新聞に掲載された。パーシモンのクラブで大人顔負けの飛距離を披露した結果だった。うれしかった反面、プロ野球選手の父の娘という取り上げられ方をされていることにも気付いた。父とは関係ないフィールドで勝負する!そう心に決め、本格的に競技ゴルフと向き合い始めた。高校の大会で優勝を総なめする実力まで成長したが、ある日父から「アマチュアのままゴルフを続けるならやめてほしい」と告げられた。さらに「お前にはプロの世界は無理だ」と指摘された。同時に、自分の中で何かが燃え上がった。私はプロになるしかない!数日後、父に内緒でプロテストの申し込み書を送った。後日、父に報告すると「そこまで本気なら全力で応援する」と言われた。父は娘を試していたのかもしれない。国内ツアー通算24勝、米国2勝。賞金女王に2度輝いた福嶋の人生を5回にわたってお届けする。