“バーチャル・レッスン”の未来はすぐそこに 最新技術はゴルフを変えるか
2024年 ザ・プレーヤーズ選手権
期間:03/14〜03/17 場所:TPCソーグラス ザ・プレーヤーズ・スタジアムコース(フロリダ州)
ゴールはどこだ?PGAツアーのメディア戦略 プロゴルフと音楽業界の共通点
2024/03/19 17:01
レーザーはカメラに 次世代「ショットリンク」誕生
眠たい目をこすりながら、松山英樹のプレーを熱心に追いかける人々が日本には多くいる。テレビ中継はもちろん、パソコンやスマートフォンでスコアやプレーを知れる時代。進歩する技術が、既存のリアルに迫ろうとする動きは今も活発だ。少なくとも、米国のプロゴルフ界では。
「ショットリンク」はPGAツアーのファンにはお馴染みのシステム。各選手のスコアをつくる、すべてのショットが記録され、どれだけ飛んだか、どれだけ長いパットを決めたか、といった情報を各ホールのイラストとともにデジタル環境で見ることができる。
2000年代初頭にスタートした同システムは、多くの大会ボランティアの協力があって成り立っていた。18ホールすべてのロープ際で待機しているスタッフが、選手のボールにレーザーを当てることで位置を計測し、2地点間の直線距離の集計データをマッピングする。より立体的な視覚デザインの「ツアーキャスト」も人気だ。
このショットリンクは今年、試用期間を経て第2世代(2.0)の運用を開始した。以前までのレーザーではなく、コース内に配置したいくつもの高精度カメラが、実際に放たれたボールの軌道をとらえる。ボールの速さや高さ、スピンの量や向き等を、弾道測定器のサポートも得て直ちにデータ化。「どこに飛んだか」だけでなく、「どうやって飛んだか」という情報の収集を本格化させた。
PGAツアーのメディア部門でシニア・バイスプレジデントを務めるルイス・ゴイコリア氏が解説する。「フェードしたのか、ドローしたのか、どこに落ちて、どれだけ転がったのかをトラッキングする。コースでショットリンクに関わる人的リソースは毎週のべ数百人必要だったのが、50人、30人…あるいはそれ以下になった。そして1.0(レーザーを用いたシステム)は別会社のライセンスだったが、2.0ではツアーに特許があることも大きな違いです」
ゴルファーの一打を解剖する膨大なデータは、いまのところ一般ユーザー向けではなく、主に放送や配信の質を高めるために使われる予定。いずれは、スポーツベッティングの場への提供も考えられる。選手個々のプレーから付加価値を発掘し、莫大な投資のリターンにする。
フロリダに巨大メディアビルを建設中
現在、約400人の部門メンバーを統括するルイス氏は「ゴルフはうまくないんだ」と明かす。経歴は少し異色。前職は音楽専門チャンネルMTVの制作スタッフとして、人員や予算管理業務を任された後、デジタル部門でホームページやアプリ開発に従事。音楽以外にもコメディや子供向け番組など多岐にわたるコンテンツを扱った。
「12年前に私がツアーに入った時、(関連部門のスタッフは)25人ほどだった」。気づけばチームは大所帯に。そして2025年には、新たな拠点として巨大な施設が完成する。フロリダ州の東海岸、ポンテベドラビーチ。「ザ・プレーヤーズ選手権」の会場TPCソーグラスに隣接するPGAツアーの本社横の敷地に、広さにして約1万5000平方メートル、3階建てのビルを建設中。メディア部門を集約し、放送・配信、デジタル情報発信のさらなる強化を図る。
現在、200以上の国と地域、26の言語で放送・配信が行われているPGAツアー。彼らが設定するゴールのひとつが、すべての選手の、すべてのショットを映像に収め、ファンに届けることだ。「プレーヤーズ選手権ではそれを実施していますが、他の大会ではそうはいきません。あまりに高額だから」。広大なコースのあらゆる場所で、いくつものボールがいっせいに動くプロゴルフ。限定された選手の、限定されたホールのプレーだけを中継するこれまでの放送モデルから脱却する挑戦だ。
将来的には「真のワールドフィード」を世界中に流したいという。目下のCBSなどのテレビ局が放映しているメインの中継映像とは違う、各国でより好まれる選手のプレー映像を届ける。「極端なことを言えば、日本であればヒデキのプレーを中心に据えた映像を(各国の放送局に)送るのです。世界中のファンは、自分たちの特定の欲求や好みに合わせて、より個別にカスタマイズされたフィードを入手できるようになる」
ポスト・タイガー時代への適応
1990年代以降、PGAツアー人気を背負ったタイガー・ウッズは近年、度重なる故障もあり第一線から退きつつある。ゴルフ界にとっては大きな痛手だが、ルイス氏は次の時代への準備に胸を張る。
「タイガーは稀代の選手。今後、25年かかっても(同じような存在が)出てくるかどうか。ただし、ここ10年のタイガーはピークにはいない。1年に5試合から10試合の出場にとどまっている。私たちはもうタイガー・ウッズの恩恵からは脱却しているのです」
ツアーが可能性を見出すのは、国際色豊かな新世代の選手たち。「毎年新たな選手が出てくるのがゴルフの素晴らしいところ。日本からも欧州からも、南米、南アフリカ、カナダからも。2年前、誰もスウェーデンのルドビグ・オーベリ(24歳でツアー1勝)など誰も知らなかったでしょう。各国に優れた才能がある今の状況は、昔よりも優位性があるように思う」。真のワールドフィードの制作を目指す戦略は時流にマッチしたものだ。
音楽業界とゴルフ業界で求められるものは
PGAツアーは1月、投資グループ「ストラテジックスポーツグループ」(SSG)との提携を発表した。交渉中だというサウジアラビア系ファンド「パブリック・インベストメント・ファンド」(PIF)との提携も強力な資本面でのバックアップになることは疑いようがない。
PGAツアーは競技団体として成り立つ半面、ゴルフ界では突出したエンターテインメント部隊でもある。かつて、音楽からプロスポーツの世界に飛び込んだルイス氏は、2つの業界の共通点について「どちらもファンを相手にしているということ」と話した。
「MTVの視聴者層の多くは11歳から15歳。(音楽ファンは)何よりも楽曲について、ミュージシャンについて、最新アルバムに関する情報を知りたがった。一方でPGAツアーは高い年齢層に人気がある。ファンはサイトのリーダーボードでスコアを見て、さらにそのスコアを深く知ろうとする。松山英樹のスコアを追ったら、5連続バーディを取っていた。では、どうやってその5つのバーディを取ったのか知りたい。それをツアーキャスト(ショットリンク)で見ることができる。彼らはデータを欲している」
「音楽とゴルフ。違いはあっても、どちらも究極的にはミッションは同じで、いかにしてファンを作り出し、制作物を楽しんでもらうかに尽きる。ファンが何を望んでいるか、を判断するだけなのです」
すべては聴く人、観る人のために。彼らは興行の基本理念を突き詰めているに過ぎない。(フロリダ州ポンテベドラビーチ/桂川洋一)
桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール
1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw