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木村彩子が賞金女王を目指す“ガチ”な理由

いつも、その先の光景が見えていた。小3のとき、父親に連れられて初観戦した国内女子ツアー「伊藤園レディス」で、大勢のギャラリーにサインをする宮里藍に心惹かれた。家に帰ると新聞紙でクラブとボールを作ってゴルフに興じ、「私もたくさんサインをする人になりたい」と、チラシの裏にサインの練習を繰り返した。

プロゴルファー木村彩子として活躍する現在から振り返ると、こうなったのは自然の流れと思われるかもしれない。しかし、それまでに挫折したいくつかの習い事と同じ運命を、ゴルフもたどる可能性があった。たとえば、一度目のプロテストに失敗したとき…。

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「合格するのが20人ちょっとで、落ちた人って“以下同文”じゃないですか。当時は自信しかなかったし、落ちたらその辺の人と一緒だから辞めようと思ったんです」という18歳は、やりたいことを見失い、しばらく自宅に引きこもった。たまの買い物だけが気分転換という無為な日々。そのうち母親に「お金は永遠に出てくるものじゃないんだから、自分が買いたい分くらいは、自分で稼ぎなさい」とアルバイトを促されて、中古ゴルフショップで働き始めた。

場所は東京駅八重洲口。店頭に立ってはみたが、客はなかなか10代の女の子にクラブ選びを相談しようとは思わない。店長が一計を案じて、首から「ベストスコア67」という札を下げさせた。効果てきめんで、多くの客が木村の前で足を止めた。「67ってプロみたいだね」「じつはこの間まで目指していたんです…」「もったいないよ、まだ18歳でしょ?」。接客がてら、多くのサラリーマンに励まされて気持ちはゴルフへ傾いた。だが、より切実な欲求があったことも事実である。

「当時は時給1000円で、8時間働いて8000円。それが結構しんどくて…。もしツアーに行けたら一週間で1000万円とか稼げるから、めちゃくちゃ夢があるなと思ったんです。ゴルフがしたいっていうよりも、お金を稼ぎたいのが正直な思いでした」

ほどなく、仕事帰りに週3、4回の練習を再開した。3月いっぱいで仕事を辞めたが、最終プロテストは7月末。本人は「あの練習量で良く合格したなって思います」とさらりと言うが、父・東吾さんは、「4月以降は朝から晩まで、死ぬほど練習していました」と証言する。2度目のプロテストは悠々6位で通過した。

◆マセラティはエンジン音が最高なんです

2020-21年シーズンの開幕前から、高松(香川県)を拠点とする南秀樹コーチに師事している。二人を結びつけたのはある記憶だ。茨城ゴルフ倶楽部で行われた18年「ワールドレディスチャンピオンシップ サロンパスカップ」のラウンド中、自分の組について歩く南コーチが目に入った。「契約している選手もいないのに、なんでだろう?」。最初はそんな小さな疑問だった。

「前年にステップ(アップツアー)で良かったので、興味があって見に行ったんです。身体は小さいのに、何が通用しているんだろう?って」と南コーチ。「あのパンパンに硬いグリーンで止めてくるアイアンショットにびっくりしました」。ところが、翌19年は木村にとって苦しいシーズンとなってしまう。生命線のショットが乱れ、修復するすべを見つけられずに賞金シードから陥落。それを救ったのが、南コーチの記憶に残った茨城でのスイングだったというわけだ。

昨シーズン、木村は約6000万円を稼ぎ出して、自己最高の賞金ランキング32位に食い込んだ。初優勝にも迫ったが、一番のビッグニュースはそのオフの出来事だろう。12月、木村のもとにイタリア・マセラティ社のSUV、レヴァンテが納車された。フェラーリV8エンジンが搭載された最上級のトロフェオというモデルで、価格は約2300万円。

木村には、ジュニア時代にコーチとともに練習場を手作りした逸話がある。一輪車で砂を運び、芝も自分たちで手植えした。プロテスト合格時、スポーツ紙は「一輪車を押していたジュニア時代とは一転、フェラーリやポルシェを乗り回す日が来るのだろうか?」と紹介したが、プロ入り後6年でそれが現実となったのだ。

かつて、ランチア(イタリア車)に乗っていた父は、自動車のデザインやエンジンについて語ることが多かったという。娘はそんな話に興味を持ち、中学生の頃にはかなりの車種を覚えていた。「マセラティを知ったのは、中1か中2の頃」と木村は言う。「EXILE(エグザイル)のPVに出てきて、めっちゃかっこいいなって思ったんです。当時は値段も知らないし、乗れたらいいなっていうくらいでしたけど…」

いまでは好物となった讃岐うどんを食べていても、車の話になると箸が止まり、目が輝く。レヴァンテの気に入っているところを尋ねると、「キモいですよ」とおどけながら、ひと息に教えてくれた。「エンジン音がいいんです。オートマだけど、マニュアルモードにして、ぎりぎりレッドゾーンまで回してギアを上げるときの音とか、めちゃくちゃかっこいいんです!ゼロからの加速が特に好きで、めっちゃ踏む(笑)。もうめっちゃ楽しいです!速さというより、音ですね、音!!」

トーナメント会場には高級車が溢れているが、木村のこだわりに気付く人は気付いてくれる。スポンサーに提供されて乗っているわけではないし、ただ派手に外見を飾りたいわけでもない。咆哮するエンジン音や、異次元の加速度を求めているのだ。「レヴァンテ買ったの?しかもトロフェオ!?」。その情熱を理解してもらえることが、なによりもうれしいという。

◆初優勝から賞金女王 目指す理由もシンプルだ

強烈なモチベーションで、ゴルフのアクセルも踏み込んでいる。「みんなから『あとは優勝だけだね』って言われます。去年までは半信半疑なところがあったけど、最近は自分でもいけるなって思います」と、初優勝も視界にしっかり捉えている。目指すチェッカーフラッグは賞金女王。その理由だってクールである。「だって、賞金女王を獲ったら何をやっても似合うじゃないですか。車を何台持っていても『賞金女王だもんね』みたいな!」

じつはこのオフ、新しい車探しも始めたところだ。行き来している高松と東京に、それぞれ1台ずつ置いておくのが理想という。とはいえ、本人は練習やトレーニングに忙しく、ディーラーを回っている余裕はない。そこで駆り出されるのが父親だ。娘の代わりにディーラーを回って試乗をし、感想を報告していく。木村の反応はいつもこうだ。「ねえ、どんな音だった?」

プロスポーツ選手は誰も、さまざまなことを犠牲にして、自らが懸ける競技に日常を捧げている。なんのためにそんなことをしているのか?木村の場合、その答えは限りなくシンプルだ。「お金というか、車。それだけでいけますね!」(編集部・今岡涼太)

今岡涼太(いまおかりょうた) プロフィール

1973年生まれ、射手座、O型。スポーツポータルサイトを運営していたIT会社勤務時代の05年からゴルフ取材を開始。06年6月にGDOへ転職。以来、国内男女、海外ツアーなどを広く取材。アマチュア視点を忘れないよう自身のプレーはほどほどに。目標は最年長エイジシュート。。ツイッター: @rimaoka

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