「きっとやってくれる」 “コワモテの外国人”キャディが池田勇太に贈るラブレター
◇国内男子◇前澤杯 MAEZAWA CUP◇MZ GOLF CLUB(千葉)◇6652 yd(パー70)
フィジーから来たキャディと初めてタッグを組んだ時、池田勇太は「こんな同い年がいるんだな」と興味を持った。「外見は“コワモテの外国人”だけど、心は日本人。純粋で、こいつと旅してみたら面白いかな」。2017年「日本シリーズ」から相棒となった「ラジ」ことラジーフ・プラサドさんを、池田は「日本人よりも、日本人」と言う。
ラジさんも「オレは日本人に合わせているって思っていたけど、いまはユウタが言うことが合っているなって。オレの心は日本人なんだ」と言う。誰よりも義理人情を重んじる男にとって、池田のいる日本が“ホーム”になった。
約20年前、ラジさんは日本ツアー3勝のディネッシュ・チャンド(フィジー)のキャディとして来日した。その後は片山晋呉らのバッグも担ぎ、池田との距離がぐっと縮まったのは片山、池田が日本代表で出場した2016年「リオ五輪」。行動を共にするうちに、「オレにはできないことがすぐにできちゃう。なんか、考え方も自分と合っているのかな」。馬が合う同い年と、気づけば8年間も連れ添っていた。
「キャディと選手は、結局は人と人だから」とラジさんは言う。池田が2019年「ミズノオープン」で21勝目を挙げたあと、体の不調に苦しんで23年にシードを喪失。レギュラーツアーのシードを持たない今年も「日本にいる限り、ユウタが勝つまでやるよ」と決めていたが、転機は突然やって来た。
昨年12月に帰国した際、家族が体調を崩してフィジーに帰る選択肢が頭をよぎった。偶然にも、同じタイミングでフィジーのゴルフ場から支配人のオファーを受けた。「悩みすぎて夜も眠れなかった」と答えが出ないまま3月に日本に戻り、すぐ池田に電話をかけて会いに行くと「それは行けよ、家族は大事でしょ。ダメだったら日本に戻ってこられるじゃん」と言ってくれた。池田の迷いのない言葉で気持ちが楽になった。
5月に日本を離れることになり、「前澤杯」を二人のラストゲームに決めた。引っ越し準備を進めながら、前週はシニアツアー「ノジマチャンピオンカップ」で片山のキャディも務めた。「すごくお世話になったから」。多忙な日々でギックリ腰になってしまったが、「前澤杯」では「電動カートは絶対にイヤ。最後だから担ぎたい」と完走。最後の最後まで“日本人らしい”姿を貫いた。
「もう20年これしかやっていない。当たり前に“また来週ね”って言っていたのに」。最終日最終ホールを終えて池田とハグをした時間は、数十秒。そばで優勝を見届けられないことは悔しいが、きっとやってくれると信じている。「22勝目を挙げたら、もう上がるしかない。ユウタはそういう性格だから」。相棒を思う気持ちは、きっと海を渡っても変わらない。(千葉県睦沢町/谷口愛純)
谷口愛純(たにぐちあずみ) プロフィール
1992年生まれ。社会部記者、雑誌の営業その他諸々を経てGDOに入社。ゴルフは下手すぎて2017年に諦める。趣味は御朱印集めと髪色を変えること、頭皮を想って最近は控えてます。