上杉隆のヨーロピアンツアー“プロアマ”潜入記~最終回~
2013年 ハッサンII ゴルフトロフィー
期間:03/28〜03/31 場所:ゴルフ・ドゥ・パレロイヤル(モロッコ)
上杉隆のヨーロピアンツアー“プロアマ”潜入記~第3回~
ゴルフ・デュ・パレロワイヤルはタフなコースだ。とくにアウトは難しい。2番ホールのパー3はモリナリをしても3で上がることが難しいことを見せつけた。その難関の2番ホールでバーディに迫ったのはまたもやルシャノワールであった。おそらくこの日のプロアマで彼は18ホールを通して最も素晴らしいプレーを続けた選手の一人だろう。この2番ホールでもこのロスチャイルド社の社長はピン右横1メートルにボールを運び、バーディを狙うことになるのだった。
彼のアイアンショットは恐ろしく冴えていた。前世紀に発売された古き懐かしいピンアイアンを使って、それまでの10ホールで、彼はそのほとんどでパーオンし、しかも短いバーディパットを残すのみのところまで運んできていたのだ。
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「パットが下手で申し訳ない」外すたびにパートナーにこう語るルシャノワールは実際、文字通りの紳士であった。モリナリも驚くようなアイアンショットを放っても、その謙虚な振る舞いに変化はない。完璧なショットの後のパットがことごとくカップに蹴られるというつらい時間が続いても彼は笑顔を絶やさず、同伴競技者への心遣いを忘れない人物だった。
ルシャノワールのシャープなアイアンショットと美しいパッティングアドレス、さらに笑顔に象徴される颯爽としたゴルフスタイルを眺めていた私は、すぐにある人物を思い出すのだった。
トム・ワトソン――。
きっと彼も意識しているに違いない。そう確信した私は、密かに彼のことを「トム・ワトソン」と呼ぶことにした。仏製トム・ワトソンのアイアンは驚くべき正確性を保っていた。ショートホールに来るたびに彼のボールがピンに向かって飛ぶのを想像する。そして大抵は実際にその通りになるのであった。
彼は同伴競技者を楽しませることでも紳士であった。なにしろ「トム・ワトソン」である。日々、世界中を飛び回り、アジア市場、そして日本でも数店のエノテカを手掛けるやり手のビジネスマンでもあり、ヨーロピアンツアーの公式ワインサプライヤーという最重要人物のひとりでもある。そして一緒にラウンドしている彼のパートナーも、明らかに最重要人物のひとりであった。
ブロンドの髪を大西洋の風に靡かせ、目を見張る長身を、白と黄色で彩られたファッションで包み、フェアウェイを颯爽と歩く美しい姿は、この組のすべての男たちの士気に大きく影響した。私はその美しい姿から、またしてもひとりの人物を想起した。
ナスターシャ・キンスキー――(ロシアの女優)。
そしてやはり同じように、彼女のことを「ナスターシャ」と密かに呼ぶことに決めた。本名は最初の自己紹介で聞いたはずだった。だが、私はフランス人とタイ人の名前は覚えられないという大抵の日本人と同じ特技を持っている。だから、忘れてしまった。
でも、それでいいじゃないか。隣でひとりでセクシー・ジョーク(猥談)を連発しているエルをみていたら、この国ではそうしたことは良い意味でこだわらなくていい気がしてくるのだった。
いずれにしてもナスターシャは今回のモロッコでの男たちの激しい「戦闘」に、なくてはならない人物であった。彼女は明らかにこの日のプロアマ大会のスターのひとりであり、また「ワトソン」にとっても不可欠な同伴者であった。ナスターシャは度々「ワトソン」にアドバイスを送ることがあり、とくに後半はパットの調子の優れない彼の代わりにラインを読むこともしばしばであった。
3番ホールからは眼下にアガディールの街並みを見下ろし、左に大西洋の波を聞く。素晴らしいこのコースのグリーンでもそうした光景が見られた。ちょうどペブルビーチのあるホールを逆さにしたような風景で、そのゆったりした風景の中に溶け込む、紳士のワトソンと美しいナスターシャの姿に私はすっかり魅了されてしまった。
だが、その美しさとは裏腹にこの宮殿コースはいくつもの罠を秘めていた。ティショットでドライバーを使うのはほとんど私だけ。あとの3人はセカンドショットで長い距離を残してでもレイアップするのが常だった。
結局、セカンドショットを打てないような大失敗に襲われるのはほとんど私だった。ラフのすぐ横には可憐な花を咲かせたブッシュゾーンが広がっており、その花を守る草木はその逞しい繁茂によってボールを完全に隠してしまうに十分なものであった。この日、私はここに6発のボールを打ちこみ、ただの一球も奪還することができなかったほどである。
ただ、それでもよかった。なにしろ、頭上にはモロッコの蒼い空が広がっている。さらにその空の下の美しい宮殿の中で、私は今こうしてゴルフをやっているではないか。しかも、隣では目の覚めるようなショットを放ち続けているモリナリがいる。その近くには美しい男女の同伴者がおり、さらに愉快なベルベル人のキャディもついている。
幸福とはこうしたことを呼ぶのだろう。だから、ブッシュの中でボールを探す私の口からは一切の恨み言はなく、むしろ明るいメロディが出て来るのが自然なのであった。
その曲は当然に「As time goes by」(時の過ぎゆくままに)だった。私は孤独な主人公リック(ハングリー・ボガード)の役割を演じている。しかもゴルフコースで……。鼻歌交じりにフェアウェイを歩く私の心とスコアカードは、ともに「ボギー」(ハンフリー・ボガードの愛称)で満たされていくのだった。(上杉隆)