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<佐渡充高の選手名鑑 122>ケビン・スタドラー

2014/06/04 10:00

■ PGAツアー史上最強のFather & Son

ケビン・スタドラーといえば、まず父クレイグの話をしなければならない。クレイグはPGAツアーで13勝を挙げ、個性溢れる実力派のスター選手だ。初優勝は1980年の「ボブ・ホープクラシック(現ヒュマナチャレンジ)」で、最後の優勝は2003年の「B.C.オープン」だ。80年代から90年代に大活躍し、1982年に「マスターズ」で優勝。
髭とポッチャリ体型が特徴で、選手仲間のピーター・ジェイコブセンがペブルビーチでプレーした際に、海辺に横たわっていたWalrus(セイウチ)にそっくりだったのを見て、“The Walrus”と命名。以降、そのニックネームが定着すると、本人も気に入りセイウチのヘッドカバーを愛用していた。息子であるケビンはクレイグの長男で、ルックスは父親に激似。より父に近づこうと髭のデザインもそっくりで、まるで「一卵性父子」のようだ。ケビンのニックネームは「Junior Stadler」に始まり、「Baby Stadler」、「Young Stadler」。最近はSmallサイズのWalrusで「Smallrus」が定着。実績も偉大な父を目指し奮闘している。ジャック・ニクラスをはじめ父子プロは多いが、スタドラー父子はPGAツアー史上最強、強い絆でいくつもの快挙を達成してきた。

■ 父のナビゲートでトップアマに成長

ケビンは1980年2月5日、カリフォルニア州サンディエゴ生まれ。同地は「全米オープン」開催のトーリパインズGCなど名門コースが多く、気候も冬はあまり寒くなく、夏も涼しいゴルフに最適の気候だ。最初の玩具はプラスティック製のゴルフクラブで、4歳頃から本格的に父の指導を受け、1997年、彼が17歳の時には、「世界ジュニア選手権」で優勝を果たした。大学はカリフォルニア州のUCLAのライバル校であるUSC(南カリフォルニア大学)に進学。父も同校の出身で、大学時代のコーチ、マイケル・プットは父の大学ゴルフ部時代のチームメイトだった。ケビンはスランプを経験し、長尺パターに変えてからはゲームが向上し、3年生で学生のビッグ試合「PAC-10」で2連覇。2002年「全米アマ」ではベスト4に入り、学生ランクで14位にランクインするなど、実力派二世の筆頭になった。体躯も身長180センチ、体重100キロ近くと急成長を遂げた。

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■ 感涙の父子同日優勝

2002年にプロ転向し、2004年からウェブドットコムツアーに参加。初優勝は同年6月、スポンサー推薦で出場した「レイク・エリエ・クラシック」だ。バッバ・ワトソンら4人でのプレーオフを制しての勝利だった。その日、父もチャンピオンズツアーの「バンク・オブ・アメリカ」で優勝。1999年のボブとデビッド・デュバル父子以来、史上2度目の父子同日優勝を飾った。

2005年からPGAツアーでプレーし、同年ラスベガスで、3日目まで快調なプレーを続け首位のテッド・パーディーに3打差で優勝を狙える好位置にいた。しかし、怒ってシャフトを曲げてしまったウェッジを使い続け、気がついたのは7番ホール。機能を変えたクラブを使用したことで失格となった。この失格が響き、翌年のシード権獲得に失敗。短気が仇になってしまった。

短気なところも父子そっくりで、父も数々のエピソードがある。ミスショットをするとクラブをポーンと放り投げ、そのまま先に歩いて行ってしまう。キャディはいつものことと、放り投げたクラブを見事にキャッチし、何もなかったように後を追う。問題ありのプレー態度なのだが、愛されキャラとコミカルな光景でギャラリーはいつも笑って楽しんでいた。ケビンは2006年のシード権獲得に失敗し、下部ツアーと欧州ツアーに出場し、下部ツアーで2勝、欧州ツアーでも1勝と結果を出し始めた。2007年には、成長した姿で再びPGAツアーに戻ってきた。タイガー・ウッズ主催の「AT&Tナショナル」ではウッズと同組でホールイワンを記録し、主役を奪う光景も。2009年の「ウィンダム選手権」でプレーオフに進出し、優勝目前の雰囲気が漂い始めた。

■ 2014年、「マスターズ」に史上初の父子出場

再び優勝のチャンスがやってきたのは今年の「フェニックス・オープン」。最終日は首位のバッバ・ワトソンに2打差でスタートした。ワトソンは2012年の「マスターズ」優勝者で同大会の優勝候補ナンバーワンの選手。前半にスコアを4つ伸ばして単独首位に立つが、11番でダブルボギーと危うい場面もあったが、その後をパーで凌ぎ、17番ではバーディを奪って再び単独首位に立ち、逃げ切って初優勝を飾った。この初優勝こそ、スタドラー父子の悲願だった。この優勝で揃って「マスターズ」出場という大きな夢が叶ったのだ。父は「マスターズ」優勝者の資格で毎年出場を果たしている。息子とともに出場を果たすまでは、現役で頑張ると奮闘してきた。しかし還暦を過ぎ、110キロを超える体重で歩くだけでもかなり疲れる状態。4年前には股関節の手術を受けるなど、選手としてプレーする限界も近く、それだけに父子は喜びを爆発させたのだった。

■ 両親の離婚 新たな父子関係へ

ケビンは父の期待に応えるかのように、「マスターズ」初出場で8位タイの大健闘。予選落ちした父は息子に助言を与え、ロープの外から祈るように見守った。

父は長い別居の末、約10年前にスーザン夫人と離婚。家族ぐるみの付き合いだったジャンさんと4年前に再婚し、ケビンがプロ転向した頃から家族は離れて暮らすようになっていた。両親と良好な関係を築いてはいたが、その微妙な距離感は否めなかった。父は新家庭を持っても、チーム・スタドラーの絆を大切にしたかった。2002年、ケビンのプロデビュー戦でキャディをしたり、ケビンの弟クリスは2003年、父のPGAツアー最後の優勝時にキャディをするなど、誰もがうらやむ仲良し父子。この歴史を終わらせたくない、そして息子たちも大好きな父と繋がっていたい、これこそケビンが懸命に初優勝を目指した理由だった。「マスターズ」は弟も含め、父子が再会し、家族としての時間を過ごす貴重な機会となり、チーム・スタドラー新時代のスタートとなった。

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佐渡充高(さどみつたか)
ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。

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