ツアープレーヤーたちの飽くなき挑戦<尾崎直道>
2010/02/22 10:46
まさに「マムシ」の異名を裏切らないタフネスぶりだ。尾崎直道、53歳。今年もまた、世界を飛び回る生活を選んだ。米シニアのチャンピオンズツアーに本格参戦したのは2006年。その前年の予選会Qスクールで出場権を獲得。5月に50歳の誕生日を迎えるやいなや、溌剌と旅立って以来となる。
米のレギュラーツアーには、93年から参戦。それから9シーズンを戦った。当時は海外への挑戦は単発でメジャー大会に出場する、という形をとる選手がほとんどだった。その中で直道は、家族とともに本場に居を構え、腰を落ち着けて戦うスタイルのいわば先駆者的存在だ。
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しかし言葉の問題、食事、環境の違い等々・・・。2000年から7シーズンを戦った丸山茂樹もよく言うことだが、数々の壁にストレスを溜め込み、どれだけ経っても完全に慣れるということはなかったという。
直道も例外なく、帰国するたびに「もうやめた」「そろそろ限界です」とか、泣き言を漏らすのが常だったのだ。
今年も早々からキャプテンをつとめた欧州対アジアの対抗戦「ザ・ロイヤルトロフィ」では、堂々と英語で会見をこなした若き代表の石川遼に感心しきりで、「非常に頼もしいですね。僕は、こうはなれなかったので・・・」と、我が身を振り返るとともに18歳ながら、すでに海外を視野に入れて取り組む姿に羨望のまなざしを隠さなかった。
欧州キャプテンのモンゴメリーに、「いや、ジョーの英語は僕の日本語よりもうんと上手だから大丈夫だ」とすかさずフォローされ、照れながらもうんうんと、嬉しそうに頷く姿が印象的だった。
そんな一場面からも、異国を転戦する過酷さも、数々の苦難も気力を振り絞り、乗り越えてきたそれまでの日々が透けて見えるようだった。
直道が、いよいよ米のレギュラーツアーから撤退を余儀なくされたのは2001年だった。そのあとはしばらくまた日本に身を置き、47歳で節目の通算30勝目を達成し、49歳の2005年には2週連続優勝を飾るなど、直道もまたこのまま日本で存在感を示していくのだろうと思われた。
だが実はひそかにこんな忸怩たる思いも抱えていた。
「勝負に血をたぎらせるのが、尾崎家の気質。でも近ごろは燃えるものがない。若い子たちの活躍も、傍観者になってファンの心境で応援している自分がいるんだ・・・」。
帰国直後に一度は「一線を引こうか」とまで思い詰めた直道が、再び戦いの炎を燃やせる場所は、あれほど苦しみ続けてきたアメリカだった。
散々苦しい思いを繰り返してきてなお直道は、今度は世界屈指の“いぶし銀たち”がひしめく新たな荒波へと向かっていった。昨年末には丸山が、呆れ顔でこんなことを言っていたものだ。
「ほんとにあの人は、どんだけしつこいんだろうね。やだやだって言いながら、結局、今年もまた『(米シニアの)Qスクールに行っちゃったよ~』とか言ってますからね。僕はもうダメ。あれをやるのは直道さんのように、相当な根気がないと。もう勘弁して欲しい。それより僕は、日本で力をどれだけ出せるかに賭けたい」と、そんなふうに打ち明けている。
1月の「ザ・ロイヤルトロフィ」では主将職に徹しながら、若い選手たちの戦いぶりを食い入るように見つめ、ときおり思い立ったようにカートを降りて、その場でしきりに素振りを繰り返した場面が何度もあり、海外メディアからもそれについて、突っ込まれたほどだ。
もちろんその脳裏には、翌月に迫ったチャンピオンズツアーのことがあった。照れくさそうに、「みんなのスイングを見ているうちに、おかげでイメージが膨らんだよ」と言った笑顔ははっとするほど若々しかった。
若い石川や池田の活躍ばかりが話題だが、そのマムシぶりにますます渋みが増していくジョーの頑張りも、見逃せない。いよいよ先週のエースグループ・クラシックで自身の今季初戦を迎えた直道は、17位タイとまずまずのスタートを切った。この調子だと、今年こそ吉報が楽しみだ。